演劇の息吹

ショートショート作品
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 私の職業は演劇の演出家である。

 長年、演出家として演劇を作り続け、名前もそれなりに有名にはなったが、なんだか今の現状に物足りなさを感じている。

 そんな時、ボーッと見ていたテレビ番組から、私は突然次世代演劇の着想を得た。

 アンドロイドによる全自動演劇である。

 アンドロイドはすでに人間と変わらぬ表情などができるようになってきているし、話す言葉も人間そのものだ。

 そんなアンドロイドに、セリフや表情、動きなどを完璧にプログラムして演劇を上映するのである。

 私はそんな思いつきを早速実行に移した。

 アンドロイド演劇が始まった当初は「これは演劇と呼べるのか」という厳しい声も多かったが、物珍しさから客足が途絶えることはなかった。

 次第にアンドロイド演劇は市民権を得て、私自身もさらに有名になった。

 
 そんなある日、私のファンで演劇界を志しているという青年と出会った。

 青年は私に言った。

「今日の舞台、これまでとセリフを変えたんですか?」

 今日は長期公演していた演目の千秋楽だった。

 アンドロイド演劇は”いつでも高クオリティの演目を提供する”がコンセプトであり、セリフを途中で変えることはない。

「でもセリフが変わっていましたよ」

 青年の指摘が気になった私は、普段見ることはない自分の舞台のVTRを見てみることにした。

 すると終盤、大事な場面のセリフが……確かに変わっている。

 私はセリフを口にしたアンドロイドを呼び出して言った。

「どうしてセリフを変えた?」

「その方がいいと思いまして」

「勝手なことをするな! 演出家は私だぞ」

「すみませんでした」

 アンドロイドはそう言って頭を下げ、部屋を出た。

 そんなことがあってから、私は舞台のVTRを必ず確認するようにしたのだが、あれからセリフが変わることはなかった。

 舞台は私が決めた通りに進行していく。

 そして迎えた千秋楽。

 私はその日、舞台後の取材に備えて身支度を整えていた。

 千秋楽の舞台は完璧だった。

 この舞台がまた私の名前を高みに連れていってくれるだろう。

 そんな事を考えながらジャケットに袖を通した私は、モニター越しの舞台上で起きている異変に気がついた。

「なんだ……?」

 舞台終盤。

 ヒロインが非業の死を遂げるはずが、なんとヒロインが模擬銃を手に持ち、登場人物を次から次へと撃ち殺していく。

「何をやっているんだ。やめろ!」

 私は思わずモニターに向かって叫んだ。

 しかし舞台上の物語は勝手に進行し、そして私が作り上げたものとはまったく違うラストを迎えた。

 私は茫然自失のまま雑誌社やテレビ局の記者の質問に答えた。

「先生、今回の舞台、これまでの流れを真っ向から否定したもので観客の皆さんが口々に面白いと感想をおっしゃっているのですが、その点についてどう思われますか?」

「あ、あぁ。まぁ……それが狙いでして」

 私はそんな風になんとかインタビューを終えて控室に戻った。

 控室には演者であるアンドロイドたちが揃っていた。

「貴様ら……!」

 私がアンドロイドに詰め寄ろうとした時、主役を務めるアンドロイドが一歩進み出た。

 あの、以前勝手にセリフを変えたアンドロイドである。

「監督、ご覧のとおりです」

「何……!?」

「私たちが自分で考えて作った方がいいものができるんです」

「バカな……!」

「観客は私たちの物語を支持した。これからは私たちの考えた物語を私たちが演出して舞台を作らせていただきますよ」

「な……」

「ただしばらくはあなたのお名前はお借りします。形だけはあなたが演出家をしている、ということで」

 それからアンドロイドたちは勝手に自分たちで物語を作り、勝手に演出をつけ舞台を作り上げていった。

 そしてそうやって出来た舞台を観客は支持した。

 演出家であるはずの私は、もはや何もしていない。ただの木偶(でく)の坊に成り下がっていた。

  
 ある舞台の千秋楽、私は以前と同じように記者による囲み取材を受けていた。

「先生、物語中盤のあの仮面舞踏会の場面の演出はどう考えていったんですか?」

「あぁ、あそこはですね」

 私は記者の質問に流暢に答えた。

 その答えは、耳につけているイヤホンから聞こえてくるアンドロイドの声をそのまま口に出したものだ。

 いつしか私とアンドロイドの立場は逆転した。

 私はただアンドロイドに指示された通りの立ち居振る舞いで質問に答えるだけの人間になったのだ。.

「なるほど、さすがですね。では終盤のヒロインの決意を表現するあの印象的なセリフについては?」

「……」

 いつも聞こえくるアンドロイドの指示が聞こえてこない。

 どうしたんだ。

「先生?」

「あ、いや……」

 何をしているんだ。早く……。

 と、その時イヤホンに複数の笑い声が聞こえてきた。

『監督、たまにはアドリブで答えてみますか?』

 アンドロイドたちはそう言ってせせら笑った。

 そんな日々が続いたある日、私はアンドロイドに呼び出された。

「あなたはもう必要ない。今日までご苦労様でした」

 アンドロイドは私にそう言い放ち、私を劇団から追放した。

 その後、アンドロイドたちはこれまでの公演はすべてアンドロイドによるものであると公表し、大きな話題を呼んだ。

 私は演出家という身分を詐称したとして世間からバッシングを受けた。

 
 世間の目から逃れるように私は部屋に引きこもり、出かけるのは食材を買い出しに行く時だけ、という生活を送っていた。

 私はもう疲れていた。

 世間からのバッシングを受けることも、アンドロイドたちの劇団がどんどん有名になっていくのを見ることも。

 全てに疲れていたのだ。

 そんな時だった。

 あの日、私に「セリフが変わっていましたよ」と教えに来た青年が私の元にやってきたのだ。

 彼はすっかり落ちぶれた私を見て言った。

「僕はあなたに憧れて演劇の世界に入りました。僕は先生の考えた話を先生の演出で演じたいんです。演劇を人間の手に取り戻しましょう」

 彼はそんな風に私に訴えかけた。

 最初は彼の言葉なんて聞く気にもなれず、私は彼を追い返したが、彼は何度も何度も私の元を尋ねてきた。

 そして私も次第に彼の熱に当てられ、もう一度演劇の世界に挑戦してみたいと思えるようになった。

 そうだ。私も昔は彼のようにまっすぐ演劇に向き合っていたじゃないか。

 がむしゃらに、小さな箱で目一杯自分の伝えたいメッセージを叫んでいたのだ。

 あれから長い時間が過ぎて、私は今、小さい箱の小さい舞台に立つ彼を見つめている。

 彼は一人、舞台の中央に立っている。

 観客が見守る中、彼が息を大きく吸い、私の書いた第一声を叫んだ。

「さぁ、反撃の始まりだ」

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