地方へ営業回りに行った時のこと。
私はくたくたになりながら駅に向かって歩いていたのだが、すでに日が落ち、あたりは暗くなっていて道が分からなくなってしまった。
さらに悪いことに、雨も降ってきた。
カバンを頭に乗せて歩いていると、ぼんやりと暖色の光が見えた。
その光に吸い寄せられるように向かってみると、そこには一台のストーブが設置されていて、その中で火がゆらめいていた。
そしてそのストーブの周りに球体を描くように見えない膜のようなものがあるようで、そこだけなぜか雨が降っていなかった。
不思議に思いながら濡れた服を乾かしていると、私と同い年くらいのビジネススタイルの格好をした女性がストーブにやってきた。
「急に降り出しましたね」
女性は濡れた髪をとかしながら微笑んだ。
「えぇ、そうですね」
私がそう返事をすると、女性は私のことを見ながら言った。
「駅までですか?」
「あ、はい」
「じゃあ一緒に行きましょう」
「あ、でも、雨が……」
「大丈夫です。途中にもこのストーブがありますから」
そう言って彼女が私の手を取って走り出す。
私は雨の中を彼女と一緒に走った。
彼女の言う通り、行く道の先には点々とストーブが設置されており、彼女はストーブを見つけるとそこで雨宿りをした。
ストーブから出てまた走り出した時、女性が派手に転んだ。
「大丈夫ですか!?」
私が慌てて腕を引いて起こすと、顔が泥だらけになった彼女があはは、と笑った。
私もつられて笑う。
それから彼女と一緒にストーブとストーブの間を駆けた。
そして目的の駅についた。
ちょうど電車が来るところらしい。
しめた。一時間に一本しか電車がないと聞いていたのでついている。
「じゃあ、私はこれで」
彼女が言う。
「え?」
彼女は私が何か言う間もなく今来た道を駆け戻っていった。
彼女の行く先は駅ではなかったのか。
私の道案内をしてくれるためにわざわざここまで……。
思わず彼女の背中を追いかけそうになったが、ホームに電車が滑り込んでくる。
私は後ろ髪を引かれる思いで電車に乗り込んだ。
あれからしばらくの時が経って、私は再びあの町に行ってみた。
だが、町の印象がこの前とはずいぶん違う。
そもそも、彼女と一緒に雨宿りしたあのストーブがないのである。
ここに来る前に雨宿りができるストーブについて調べたが、そんなものは存在しなかった。
だが、ストーブの代わりに駅からの道には木が生えていた。どれも立派な木が、点々と生えている。
木に触れてみると、ほんのり暖かいような気がした。
彼女はこの木々の見せた精霊だったのだろうか。
私は彼女の面影を残した町を一人、後にした。
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