蛇口のおじさん

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 中学校の頃、クラスのみんなからはぶられた。

 無視されているだけだから、いじめじゃないって思っていたけど、今考えればあれはれっきとしたいじめだったと思う。

 三年間クラスが一緒の人がいて、その人がクラスで権力を持つタイプで、私は三年間、みんなにのけものにされた。

 教室に居場所がなかった私は、よく校庭の隅の水飲み場に行った。

 そこはジメジメしていて暗くって、ほとんど人が来なかったからだ。

 ある日、いつも通りに水飲み場の蛇口のそばでしゃがんでいると、蛇口からゴボゴボと水が出た。

 誰かがしめ忘れたのかなと思って蛇口を締めようとしたら、蛇口から声が聞こえ始めた。

「どうした、おじょうちゃん」

 それはおじさんの声だった。

 それから私は、よく蛇口のおじさんと話をした。

 おじさんと話していると、一人でいる時間を長く感じなかった。

 あれからずっとずーっと時間が過ぎて、私は同窓会で中学校の校舎にやってきた。

 蛇口のおじさんに会いたいので出席したのである。

 クラス会が行われている教室に行くと、クラスメイトのみんなが素知らぬ顔で話しかけてきた。

 もしかして、みんな私を無視していたことなんて忘れているのかな。

 まぁ、そんなもんだ。

 おじさんのところに行こう、と、私は教室を出て廊下を歩き始めた。

 すると、一人の女子に声をかけられた。

 佐々木さん。

 私と一緒で、目立たなかった子。

 でも無視はされていなかった子。

 佐々木さんは、私を無視していたことを謝ってくれた。

「気にしてないからいいよ」

 そう返事をして、私は蛇口のおじさんのところに行った。

 蛇口には”使用禁止”というタグがつけられていて、ワイヤーのようなものでぐるぐる巻きにされていた。

 蛇口が話をするなんて、あれはきっと私の妄想だったと思うけど、ありがとう、私、今は幸せです。

 帰るとき、一度だけ振り返ると、あれだけ嫌だった校舎がまるで違って見えた。

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