私は美鈴(みすず)と一緒に「目隠し横丁」にやってきた。
ここは、一見何の変哲もない路地である。
しかしここに入る時に目隠しをして入ると、目隠し横丁に行けるのだ。
以前、目隠し横丁の噂を聞いた私は美鈴とここに来て、面白半分で目隠しをして歩いてみたら、本当に目隠し横丁に行けたのである。
その横丁にあるラーメン屋のラーメンがあまりに美味しくて、私はもう一度ここにやってきたのだ。
普通にこの路地を歩いてもダメで、目隠しをしないと絶対にたどり着けない。
目隠し横丁に着いたら、目隠しを外してもいけない。そういう決まりになっているそうだ。
だけど私は美鈴に、今度目隠し横丁に行ったらちょっとだけ目隠しを外してみよう、と話をしていた。
一体どんな場所なのか見てみたいと思ったのだ。
美鈴は嫌がっていたけど、私が「ちょっとだけ。ね?」と言うと美鈴はしぶしぶ首を縦に振った。
「じゃ、行くよ」
「うん……」
私と美鈴は目隠しをして歩き始めた。
しばらくすると、誰かに手を引かれる。前と同じだ。
私はその人に「ラーメン屋さんをお願いします」と言った。
見知らぬ手が私をラーメン屋さんに連れて行ってくれる。
横に美鈴がいる気配もした。
ラーメン屋さんに着いた私と美鈴はラーメンを注文した。
ラーメンはすぐにやってきて、一口食べるとなんとも言えない美味しさが口の中に広がった。
そして、私はラーメンを食べるふりをしてそっと目隠しを少しずらした。
「あっ」
目に見えるものすべてが灰色だった。
そして、唯一色のあった自分の体も、灰色になっていく。
横にいる美鈴が目隠しを外そうとしているが、手間取っていた。
「見ちゃダメ!」
私は美鈴の目隠しを手で抑えて止めた。
***
あれから、長い時間が過ぎた。
私はこの横丁の住人になった。
ここはすべてが灰色の世界。
なんとなく現世とは違う世界だということだけ、私には分かっている。
もしかして私は死んでいるのだろうか。
いや、死ぬ、という概念がそもそも間違っているのかも。この横丁にいると、そんなことを考える。
この世界に現世の人間がやってくると、すぐに分かる。
なぜなら、その人には色があるからだ。
視界の隅に、黄色が映った。
目が覚めるような黄色いトレーナーを着たその人は、美鈴だった。
目隠しをしてふらふらと歩いている。
私は静かに美鈴に歩み寄った。
この横丁では、現世の人がやってきた場合、一番近くにいる人が横丁を案内することになっている。
美鈴の手を取る。声は出さない。
すると美鈴は、何かに気づいたように「美樹、美樹?」と繰り返した。
美鈴の呼ぶその名前。もしかしてそれは私の名前なのかもしれない。
美鈴が「ごめんなさい、私」と泣き始める。
私は何も答えない。
美鈴をあのラーメン屋に連れて行く。
もしかしたら美鈴も目隠しを外そうとするのではないか、と思った。
しかし、美鈴にこの世界に来られても困る。
ここにいる人たちのことは、全員平等に知らないけど、誰よりも知っているような、そんな不思議な間柄だった。
だから美鈴が来ても、特別な友達にはならないし、なれない。
この世界の住人になった私は、現世ではいずれ忘れられるだろう。
ゆるやかにいなかったことになるのだ。
だから美鈴もいずれ私を忘れる。それでいいのだ。
私は美鈴の背中をそっと押して、目が覚めるような黄色を見送った。
やがて遠くの方で、ふっ、とその色彩が消えて、私は緩慢な時の流れに浸されていった。
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