俺はミサキを連れてこの「びいどろホテル」にやってきた。
このホテルにはある特殊な効能がある。
その効能とは「人間に化けているあやかしや幽霊などの正体を暴く」というものだ。
ホテルの部屋に一度入れば人間以外のものはその正体を表す。
ロビーに入るとホテル併設のバーでシェイカーを振っているマスターと目が合った。
マスターが軽く会釈をしてくれる。
俺はこのホテルではちょっとした顔だ。
そしてあのマスターはバーのマスター兼ホテルの支配人なのである。
俺はマスターに何度もこう言った。
「ホテルじゃあ、ある程度段階を踏んでからじゃないと女の子を連れてこれないから、喫茶店かなんかにしてくれよ」
しかしマスターは「いやぁ、地場ってものがありますからね。地場の力がなければ結界が引けないんですよ」とかなんとか言ってのらりくらりとかわすのだ。
俺はロビーで部屋のキーを受け取ってエレベーターに乗った。
「綺麗なホテルだね」
心なしか顔の赤いミサキがそんなことを言う。
「そうだね」
そう返事をしながら、ミサキは大丈夫だろうかと心配になった。
廊下を歩いて部屋の前までやってくる。
キーを回して部屋に入った。
「わぁ、いい部屋」
ミサキのそんな声を聞いた俺は、意を決して振り返った。
そこには……人間の姿のままのミサキが立っていた。
ミサキが一瞬笑ったような気がしたので、俺はほっとして「ミサキ」と名前を呼んで手を伸ばした。
しかしその瞬間ミサキは「ぎゃあー!」と悲鳴を上げて部屋を出ていってしまう。
俺はため息をついてからキーを持ってバーのある一階へと降りた。
「また振られましたか」
マスターがそんなことを言って笑う。
「いい加減、人間の女の子は諦めた方がよろしいのでは」
「人間の子がいいんだよぉ。俺なんかを見ても驚かないような、そんな気骨のある子がいいの」
「そんな子なかなかいないと思いますよ」
俺はふんっと自慢の長い鼻をならして「いなり寿司十個!」と大好物を注文した。
「やけ食いは体に毒ですよ」
マスターは笑いながらいなり寿司を握ってくれた。
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