ある日、世界中でおかしな気象現象が観測された。
それは気象現象としては”風”なのだが、ある特異な特徴を持つ。
その風が吹き抜けた場所にいた人間はもれなく貧血症状を訴えたというのだ。
突然突風のような強い風が吹き、その後多くの人間は意識を失い、かろうじて無事だった人間も貧血状態でまともに立てない状況であったという。
類似の現象は世界中で見られ、多くの気象学者はその原因の解明に取り組んだが、原因を特定するには至らなかった。
しかし医学的観点から、どうもその風に見舞われた人間はやはり”血を吸われている”ことがわかった。
突発的に現れた風が人間の血を吸って去っていく。
その不可思議な風は「ヴァンパイアのため息」と命名され、和名としては「吸血旋風」などとも呼ばれた。
調査に当たった気象学者の中には「それは風ではなく極めて微小な蚊の大群である」との説を唱える者もいたがその真偽は不明である。
とにかく対症療法的にヴァンパイアのため息に対する対策が取られたが、それは「外出する際は皮膚を隠すこと」であった。
ヴァンパイアのため息は蚊や吸血鬼がそうするように人間の皮膚から血を吸っていくことが分かり、それを防止する為には皮膚を隠す以外に術がないというのである。
であるからして、たとえ赤道直下の温暖地域に住む人々でさえ、手足から顔に至るまでをしっかり包んだ防御服を身に纏って外出することを余儀なくされた。
当然、大きな移動制限がかかる為、それ以外の方法も考えられた。
しかしそれは「人工的に血の海を作り、その場に風を誘い込む」といったような非現実的なものばかりであり実現には至らなかった。
気象学者から医学研究者に至るまで大勢の人間による賢明な研究が長きに渡って行われた。
そしてその結果、ある一つの解決策が導き出された。
それは研究に疲れたある研究員の遊びとも言える行動が始まりだとされている。
半ば投げやりになった研究員は半分洒落のつもりで「対吸血旋風用送風機」を開発した。
当然そんな訳の分からないものに予算はつかなかったが、研究員の私室にすでに必要な機材や材料は揃っていたので、研究員は思いついたその日に実験を開始した。
「え?」
実験結果を見た研究員は思わずそうつぶやいたという。
対吸血旋風用送風機から出た風はヴァンパイアのため息を見事打ち砕き、それを完全に消滅させた。
何度実験しても結果は同じ。
研究員はそれを恐る恐る研究結果を学会に発表。
冗談だろうと眉をひそめる研究者も多い中、次々に多面的環境における実証実験が開始され、その全てで効果を認められた。
先進国を中心に急ピッチで対吸血旋風用送風機が製造され、都市から郊外まで突貫工事で送風機が設置された。
その結果、対吸血旋風用送風機を設置した地域におけるヴァンパイアのため息の発生率がガクンと低下し、最終的には完全にその姿を消した。
対吸血旋風用送風機は次々に製造され、やがて世界中に行き渡り、人々を突如襲った恐怖の風は消え去ったのである。
だが、今度は対吸血旋風用送風機の早期改善が叫ばれている。
対吸血旋風用送風機がヴァンパイアのため息を消滅せしめるの仕組みは「ガーリックウインド」という強いにんにく臭を伴う風を作り出すことにある。
だからして人々は全員を覆う防護服は脱ぎ捨てることはできたものの、その代償として外に出る時は鼻を摘みながら歩くことになったのである。
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