村に住む美沙子さんはいつも超然としたような人だった。
私は密かに美沙子さんに憧れていた。
美沙子さんは、村で葬儀があるとピアノを弾く。
村の風習で、ピアノの音を聴くと霊がよりつかないとされているためだ。
塩を撒くようなものだと教えられた。
美沙子さんに憧れていた私はピアノを習った。
ある日、村長さんに呼ばれて村長さんのお屋敷に行くと、美沙子さんがいた。
美沙子さんは私を見て言った。
「私の後任をあなたにお願いしたいの」
それから美沙子さんはご自身の病について話し始めた。
美沙子さんは、少しずつ筋肉が動かなくなる病に冒されているらしい。
私は狼狽えながら言った。
「でも、私、霊感なんてないですし」
すると美沙子さんはふっと微笑んで言った。
「私もないわよ。でも、そういう力があると、みんなが信じている。そのことが大事なの」
美沙子さんはまた私のことをじっと見つめながら言った。
「お願い。あのピアノは、葬儀に来た人のためだけじゃないの」
美沙子さんはそう言うと、ふっと力が抜けたようになって、畳に手をついた。
「美沙子っ」
村長が美沙子さんを支えた。
それから美沙子さんは病院に運ばれていった。
***
私は今、黒い服を着てピアノを弾いている。
美沙子さんが好きだった曲だ。
美沙子さんはいつもこんなふうに弾いてなかった。
こんな、弾くことだけに必死なひどい演奏じゃなかった。
私は必死に美沙子さんの姿を思い出しながらピアノを弾いた。
葬儀を終えた村の人々が私のピアノの周りにやってくる。
しばらく私の演奏を聴いて、それから帰っていく。
「今のが最後の方です」
葬儀社の人がそう教えてくれた。
でも、私は、誰もいない場所で最後まで曲を弾いた。
なぜかそうすべきだと思ったのだ。
なんとか曲を弾き終えた。
「ありがとう」
どこからか声が聞こえた。
“葬儀に来た人のためだけじゃないの”
美沙子さんの言っていたことが、少し、わかった気がした。
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