ある頑固な温泉旅館の主人がいた。
その主人は、最近客が減ったと嘆いていた。
主人に、近所に住む人が言った。
「湯の医者がいるらしよ」
「なに?」
「温泉のSOSを感知できるんだとさ。最近客が減っているのは、それが原因かもしれないね」
主人は、さっそく湯の医者を呼んでみた。
医者はすぐにやってきて、温泉の中に手を入れて「ふーむ」と唸った。
医者が「この温泉の源泉はどこですか」と問うので、主人は医者と一緒に温泉の源泉までやってきた。
医者は源泉の様子を見ると言った。
「なるほど。原因は旅館に湯を送るためのパイプですね。サビが生えているようです。全て取り替えた方がよろしいでしょう」
「ふざけるな! パイプを全部替えるなんて、いくらかかると思ってる?」
「源泉に問題はありません。しかし旅館のお湯は泣いていました。だとしたら理由はパイプしか考えられません」
「……だめだったら責任取ってもらうからな!」
主人は医者に言われた通りにパイプをすべて取り替えた。
すると、また前のように客が旅館にやって来るようになった。
主人が医者に言った。
「報酬は?」
湯の医者の報酬額が高いとの噂を耳にした主人はごくりと唾を飲み込んだ。
「温泉に入らせてください」
「え?」
「それだけで結構です」
医者は旅館の温泉に入った。
ご一緒にぜひ、と促されて、主人も一緒に入った。
主人は医者に尋ねた。
「どうして金をとらない」
「温泉に入るのが好きで、趣味でやっているだけですから」
医者はそう言って、気持ちよさそうに露天風呂から見える空を見上げた。
好きだからこそ、の能力なのかもしれない、と主人は思った。
俺だって温泉は好きだ。
だったら、俺にも温泉の声が聞こえるかもしれない。
主人も露天風呂から見える空を見上げる。
すると、気のせいかもしれなが、湯気が丸く、円をかいたような気がした。
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