夜中、ふと目が覚めると枕元の目覚まし時計が浮いていた。
フワフワと浮いている目覚まし時計を見て、最初は「あぁ寝ぼけているのかな」と思った。
しかしどうもそうじゃない。
しばらくフワフワと浮いていた目覚まし時計がガチャリと床に落ちる。
次にラックの上の化粧品がふわりと浮いた。
またしばらく浮いてから床に落ちる。
これは……あれだ。ポルターガイスト。
一人でに物が浮く霊障の一種。
ポルターガイストを見た私は、怖いと思うより前に「やめろや」と思った。
目が覚めると部屋は散々な状態になっており、朝の忙しい時間に私は片付けをするはめになって舌打ちをした。
次の日も、夜中に目が覚めた。
せっかく元どおりにした化粧品の瓶がまたフワフワと浮いている。
ムカッと来た私はベッドの上で体を起こした。
「ちょっと!」
私がそう叫ぶと、化粧品の瓶がゴトリと床に落ちた。
「あのねぇ、人んちの物で勝手に遊ぶんじゃないよ!」
しんと部屋が静まり返る。
「遊んだら戻す!」
私が一括すると、化粧品の瓶がフラフラと浮き上がり、元の場所に戻った。
「よし」
私はまたベッドに横たわって眠った。
それから、部屋の物の位置が変わることはなくなった。
それどころか、不思議なことが起き始めた。
寝坊した朝、しっちゃかめっちゃかにしたまま飛び出した部屋が、仕事から戻ってくるときちんと整理整頓されていたのだ。
それを見た私は思わず誰もいない部屋で「あんたがやってくれたの? ありがとう」とお礼を言った。
それから私の部屋は散らかってしまっても寝たり仕事に行って帰ったりすれば元どおりになるようになった。
これは便利だなぁと思っていた、ある日のこと。
その日は会社で知り合った彼氏が初めて部屋に遊びに来ていた。
電気を消して眠りについたのだが、彼氏の悲鳴で目が覚めた。
「うわぁ! ちょ、わーーー!!」
目を開けると、彼氏がフワフワと飛んで玄関から放り出されるところだった。
「あー! ちょっと、やめなさい!」
私が言うと、彼氏はドサリと床に落ちた。
尻をしこたま打ち付けたらしい彼氏は「いててて……」と尻を撫でていた。
「あのねぇ! この人はいいの! この人は、この家の人!」
そんなプロポーズみたいなことを言ってしまった私に、彼は「どういうこと?」と聞いた。
私が(引かれるかもな……)と思いながらポルターガイストのことを告白すると、彼は「それは面白いね」と笑い、「僕もこの家に泊まらせてもらっていいかな、幽霊さん」と誰もいない部屋で言った。
それから、彼が泊まりに来ても放り出されることはなくなった。
「これで全部かな……」
私は何もなくなった部屋で一人、つぶやいた。
私は今日、この部屋を出ていく。
私の信じられないような幽霊話を笑って聞いてくれた彼と一緒に暮らすことになった。
彼は「幽霊さんがいる部屋に僕が移り住んでもいいよ」と言ってくれたけど、やはりこの部屋は二人で住むには狭すぎる。
引越し業者が去って、ガランとした部屋に座り込む。
私は姿の見えない同居人に向かって言った。
「……あんたね、次の入居者の人と仲良くやりなさいよ。その人が幽霊とかダメな人だったら、静かに気づかれないように遊びなさい。それで、遊んだものは元の場所に戻すこと。そうすれば、いじめられたりしないだろうから」
当たり前だが、返事はない。
大家さんが顔を出した。
「荷物は全て片付きましたかね?」
「あ、はい」
私は返事をしながら立ち上がる。
「じゃあ、こっちも点検が終わったので、ここにサインを」
「あ……はい。……あの」
「はい?」
「ここに次入る人って、その、幽霊とか大丈夫な人ですか」
「え! 何か出ましたか」
「あ、いや。別にその、何かってわけじゃないんですけど」
「まずいなぁ……。御祓とかしてもらおうかな」
「あ、いやいや! 全然、大丈夫だと思います。ただ聞いてみただけで。あはは」
私はそんな風に言い訳して、不思議がる大家さんを残して部屋を後にした。
「やっぱり寂しいんじゃない?」
新居に着いて二人で荷解きをしていると、彼がそんなことを言った。
「別に、そんなことないよ」
「そう?」
「うん」
心配してくれる彼にそう返事をしながら、私はあの部屋の幽霊を思った。
新しい人に優しくしてもらえるといいな。大家さん、御祓とかしなきゃいいな、と思いながら段ボールを開けていく。
その日は半分くらい荷解きを終えて、とりあえず出した布団に横になった。
朝、彼の笑い声で目が覚めた。
「どうしたの?」
私がそう聞くと、彼は笑って「ほら」と部屋を指差した。
昨日、頑張って荷解きをした荷物が全て段ボールに戻っていた。
コメント
とっても好きです、このお話!
これからも幽霊さんが、2人を守ってくれそうな明るい終わりかたがまたよいですね。
これからも楽しみにしています
(*´ω`*)
あいこうさん、ありがとうございます!!
個人的に気に入っているお話なので、そうおっしゃっていただけて嬉しいです!