キノコ採集ツアーにやってきた。
せっかく長めの休みをもらったのに、ずっと引きこもってジメジメした部屋にいることに飽きた私は、適当に市の広報で見つけたキノコ採集ツアーに参加したのだ。
採集場所につくと、ガイドの人が言った。
「この辺りに生えているキノコは全て食べられるキノコですので、ご自由に採集してください」
参加者が「は〜い」という間延びした返事を返す。
「ただし! 中には採集する時に叫ぶキノコがいるかもしれませんのでご注意を。叫ぶキノコを抜いてしまうと死んでしまうと言われています」
ガイドはそんなことを言って笑った。
引き抜かれて叫ぶって……それじゃまるで「マンドラゴラ」じゃないか。
引き抜かれるとこの世のものとは思えない悲鳴をあげて、その悲鳴を聞くと死んでしまうという伝説がある植物。
それと同じようなキノコがあるとでも言うのだろうか。
「というのは冗談です。では、ご自由に採集を始めてくださ〜い」
……さっきから思っていたけど、このガイドのギャグセンスはちょっとズレている。
それはさておき、私はツアー参加料の元を取ろうと思い、さっそくキノコ採集を始めた。
見たことのあるキノコ、ないキノコ、様々なキノコを手当たり次第に摘み取る。
と、他のキノコに比べてかなり大きいキノコを見つけた。
でかいな、と思いながら引き抜く。
「……へ」
引き抜いたキノコを見て思わずそんな声が出た。
キノコに口のようなものがついている。
なんだこのキノコ……?
と、その時だった。
「何見てんねん」
突然、キノコがしゃべった。
「え、しゃべっ」
「もっとやさしく掴んでや」
私はとっさにキノコの口をもう片方の手で塞いだ。
何、これ。本当にキノコがしゃべってるんだけど……!
私はそのキノコを持ってガイドのところに向かった。
「あ、あの」
「はいはい」
「本当にしゃべるキノコがいたんですけど……」
「え?」
私はガイドにキノコを見せた。
しかしキノコは全然しゃべらない。
「あれ? コラ、この」
揺らしたりつついたりしてみるが、しゃべらない。
「さっきはしゃべったんです! ほら、この口のようなところで」
「ははぁ。これはオニナラタケですね。ただ……もしかしたら亜種かも」
「亜種?」
「口がついているので……クチダケとでも言うのかもしれません。”口だけ”に」
ガイドは一人で笑っている。
私はこの不気味なキノコを捨てようと先ほどキノコを採った場所に戻った。
さぁ捨てるぞと思った瞬間、キノコが
「うまいのになぁ……」
とつぶやく。
なんだ、こいつ! さっきはしゃべらなかったくせに!
「汁物に入れるとうまいでぇ、ワシは」
「あんたを抜くと死ぬって聞いたんだけど」
「ほえ? ワハハ! ……うん、死ぬな。確かに死ぬ」
「じゃあ捨てる」
「焦りなさんな! ”死ぬほどうまい”っていう意味や」
やっぱり捨てよう。
「捨てるなって! もうな、こうなってしまったらワシは死ぬだけやから。せめて、食べてや。抜かれてしまってはもう死ぬだけやから」
そんな風に人の罪悪感を煽るキノコ。
結局私はしぶしぶキノコを持って帰ることにした。
妙なキノコを持って帰ってきたはいいものの、やはりすぐに食べる気にはならず、私はしばらくキノコを置きっぱなしにしていた。
しかし数日立った頃にキノコが「そろそろ食べないと、ワシ、腐るで!」と騒ぎ始めたので、仕方なく私は台所に立った。
「味噌汁なんかに入れるとうまいでぇ」
キノコは今から食べられるというのに、なんだか楽しそうだった。
「怖くないの」
と聞くと、キノコはこう答えた。
「キノコは怖がったりせんのや。キノコには”生えるダケ、食べられるダケ、還るダケ”ということわざがあってな。たとえ食べられてもまた元に戻るだけっていう考え方だから、食べられるのは怖くない。実際、ワシ食べられるの百回目くらいやし」
「え、嘘!」
「ほんま。だから景気よく食べてや」
その話を聞いて、ようやく私は包丁を手に取った。
「じゃあ……その、お命頂戴します」
「侍かおまえは」
なかなかキノコを切れない私に、キノコは「何見てんねん」と笑った。
「うま!」
うるさいキノコを入れた味噌汁は、本当に死んでしまいそうなくらいおいしかった。
また食べたいな、と思ったが、きっとしゃべるキノコは珍しいのだろう。
摘み取ったキノコがしゃべった、なんて聞いたことがないし。
と、思っていたのだが。
ある日、朝起きると部屋の壁にちんまりとしたキノコがたくさん生えているのが見えた。
「なんだ……これ」
そう思いながら小さいキノコを引き抜く。
するとそのキノコは可愛らしい声で「ナニミテンネン!」と叫んだ。
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