呪いの赤い糸

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 私の小指からは赤い糸が伸びている。

 それだけなら素敵な話なのかもしれなかった。

 しかしその赤い糸は私自身のみならず、他人にも見えるから質が悪い。

 私は幼い頃からその赤い糸の先にいる男の子との仲を囃し立てられて育った。

 その男の子の名前は「堀田和彦」といって私の幼馴染だった。

 誰にでも見える赤い糸で結ばれた私たちは、友達はもとより親や親戚からもその仲を囃し立てられたのだった。

「涼子には許嫁がいるからね」

 そんなセリフをうんざりするほど聞いた。

 当の本人である私は和彦のことをどう思っているかとうと、嫌いではないが、好きでもなかった。

 どうも話を聞いてみると和彦も同じらしい。

 だから私たちはいくら小指が赤い糸でつながっていても付き合ったりはしなかったのである。

 私も和彦も実家を出て、遠く離れて暮らすようになっても相変わらず赤い糸は消えなかった。

 だけど私はある時和彦から「結婚した」と連絡をもらった。

 それを聞いた私も「実は私も最近結婚したんだ」と連絡を返した。

 夫は私の赤い糸について「僕は気にしないよ」と笑ってくれた。

 結婚して一年くらい過ぎた頃、町で偶然和彦に会ってその話をしたら「うちの嫁も同じようなこと言ってたよ」と言った。

 お互い良い相手に出会えてよかったねなんて言い合いながら私たちは別れたのだった。

 しかし私の方は結婚生活が長くなるとちょっとしたほころびであの赤い糸が邪魔になることが増えた。

 夫は口では気にしないと言ってくれていたものの、やはり気にはしていたようだ。

 確かに私がもし逆の立場だったら、本人にその気はないと思っていても夫と別の女性が赤い糸でつながっていたら良い気はしないだろう。

 結局私たちの関係はダメになってしまい、私と夫は別れることになった。
 

 一人になった私は小指から伸びる赤い糸を見つめた。

 この分じゃ、他の誰とももう結婚なんてできない。

 これじゃ運命の糸じゃなくて呪いの糸じゃないか。

 そして私は風の噂で和彦も離婚をしたことを知った。

 私は舞い戻った地元で和彦と再会した時、彼に言った。

「お互い結婚生活がダメになったからって、くっつくのはやめようね。癪だもん」

「もちろん俺にもその気はないよ。神への反逆だ」

 私たちはそんなある種の反骨精神を確かめあったのだった。

 それから私たちは約束通り二人くっつくことなく老齢を迎えた。

 私はもう何年も前から病に冒され、入退院を繰り返している。

 そんな私の元に和彦がやってきた。

「涼子」

「何よ、しょぼくれた顔して」

「俺は……もう諦めた」

「諦めた? 何を」

「……一緒にいよう、涼子」

 和彦の思いつめたような表情を見て私は努めて明るく言った。

「何言ってるの。それじゃあ神様の思い通りじゃないの。私なら大丈夫だから」

 きっと和彦は弱っている私の為を思って言ってくれたのだろう。

 それを分かっていたから私は彼の申し出を断った。

「思い通りでもなんでもいいさ」

 そう言って和彦は私の体を抱きしめた。

 和彦の体は弱った私の体を強い力で抱きしめてくれた。

 そして……それからまた長い時間が流れて。

 私は病室のベッドの上で一人天井を見つめていた。

 一緒にいようと言ってくれた和彦と過ごした日々はあまりにも短かった。

 私は「まったくもう」と恨み言を言いながら天井に伸びる赤い糸を見つめた。

 天井の先、見えるはずのない赤い糸が、空のずっと向こうまで伸びているのが見えた気がした。

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