すりおろしの文

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 朝、私がダイニングに行くとお母さんがじっと大根おろしを見ていた。

 何をしているんだろうと思いながら「お、今夜はさんま?」と聞くと、お母さんはなぜか顔を真っ赤にして「あ、ち、ちがう」と言って慌てて家事をし始めた。

「え? じゃあなんで大根おろしなんか?」

 そう聞いたけれど、お母さんは聞こえないふりをする。

 なんだろうと思いながら私は朝ごはんを食べて学校に向かった。

 仲が良い国語の山下先生に今朝の話をすると、山下先生はこんなことを言った。

「あ〜それ、もしかしたら”すりおろしの文”かもね」

「なにそれ?」

「この辺に昔から伝わるものだよ。手紙をすりおろして相手に渡すの。渡された相手は和紙なんかを作るときの「紙すき」の要領で紙に戻して読むって訳」

「なんでそんな面倒なことするんだろ」

「昔は本人以外に読まれたくない恋文とかを渡す時によく使われたって言うけどね」

「ふぅん」

 そういえばお母さんは顔を真っ赤にしていたけれど、まさか……?

 お父さんは手紙を書くような柄じゃないし、まさか浮気!?

 私はそんな風に疑ったのだけれど、お昼の給食の時間にそうではないことが分かった。

 その日のメニューはサンマで、大根おろしがついてきた。

 それを見て私は思わず「あっ」とつぶやいた。

 今朝お母さんが見ていた大根おろしと明らかに違うのである。

 より正確に言えば、うちの大根おろしと給食の大根おろしが違うのだ。

 翌日の夜、夕ご飯にサンマが出た。

 私がすりおろされた大根おろしをじっと見ていると「なんだミズキ、大根おろしおかわりか?」とお父さんが聞いてきた。

 我が家では大根おろしをいつもお父さんがすってくれる。

 お父さんの大根おろしは力強くて早くすれるのはいいけれど、なんだか雑で粗いので、固形の大根が残ったごつごつの大根おろしになる。

 それは昨日の朝お母さんが見つめていたすりおろしの文と同じ粗さだった。

 私の視線に気づいて顔を赤くしているお母さんを見て、やれやれと思いながら私は大根おろしをおかわりした。

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