私は雪の降る町で育った。
私の生まれ育った町には「雪だるまのお医者さん」がいた。
風邪で寝込んでいると来てくれるのだ。
子供はみんな雪だるまのお医者さんが大好きだった。
だから町で生まれ育った子供はみんな窓際に寝たがった。
窓際に寝ないと雪だるまのお医者さんに会えないからだ。
雪だるまのお医者さんは、親が席を外したりして寂しいな、と思った時に出てきてくれる。
ベッドで横になっていると、いつのまにかやってきた雪だるまのお医者さんがおでこに手を載せてくれて、それがひんやりとして気持ち良かった。
そして雪だるまのお医者さんは体の中から果物を取り出して、くれるのだ。
私の時は決まって大好きなブドウだった。
冷凍してあったみたいに冷たいブドウが熱った体に気持ちよかった。
お医者さんのブドウを食べると、それだけで気分が良くなるような気がした。
雪だるまのお医者さんがしてくれるのはそれくらいのことだから、もちろん本物のお医者さんは他にいた。
あれは、大学受験を控えていた時だろうか。
苦しくて、それに色々イライラしてた時期に私は風邪をひいた。
そんな私の元に雪だるまのお医者さんがやってきた。
雪だるまのお医者さんはいつもと同じように私のおでこに手を当ててくれた。
私はその時もなんだかイライラしていて、雪だるまのお医者さんに「もういいって! そんなんじゃ治らないから!」と言ってしまった。
雪だるまのお医者さんは私の元を去っていった。
私はひどいことを言ってしまったことをすぐに後悔して謝りたいと思ったのだけれど、雪だるまのお医者さんはもういなくなっていた。
と、母がブドウを一房持ってきてくれた。
玄関先に置いてあったそうだ。
私は泣きながらブドウを食べた。
久しぶりにこの雪の降る町に帰ってきた。
今回の帰省は娘と一緒だ。
帰省で疲れが出たのか、私は熱を出し、娘を母に預けてかつての自室で横になった。
雪だるまのお医者さんは来てくれるのかな、なんて少し期待した。
でもお医者さんは現れなかった。
大人になったらダメなのかな。
ちょっと寂しいな、と思いつつ目を閉じた。
と、その時おでこにひんやりとした感触があった。
目を開ける。
私のおでこに娘の手が載せられていた。
「ママ、こえ」
娘が言ってブドウを一粒くれた。
「誰にもらったの? おばあちゃん?」
「ううん、違うよ」
娘が母に呼ばれて部屋を出ていく。
私は娘のくれたブドウを食べた。
ブドウのほんのりとした甘みが心地いい。
窓の外を見ると、雪だるまの後ろ姿が見えた気がした。
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