粉が鍵の代わりになる「パウダーキー」という技術が開発された。
ある特定の粉をかけると施された癒着が剥がれるという仕組みで、粉の製法を他人に漏らさなければ絶対に開けられないという代物である。
最初は玄関などでの利用を想定されたが、毎回粉を作らなければならないというのは煩雑すぎるということでこれはうまくいかなかった。
しかし代わりに金庫で使われることになった。
金庫であれば玄関ほど開ける頻度は高くないし、粉の製法を自分しか知らなければ絶対に開けられることなく安全、というわけである。
ここにも一人、パウダーキーを使った金庫を保有している資産家の男がいた。
老齢の彼は金庫に遺言書を格納していた。
男は子供や孫たちに言った。
「金庫はおまえたちには絶対に開けられんぞ」
彼はそう言って高らかに笑った。
資産家の男は誰にも惜しまれることなくこの世を去った。
遺族は閉じられている金庫を開けようとそれぞれ躍起になってパウダーキーの製法を探した。
何しろ資産家の残した遺産は莫大な額になっていたので、少しでも自分の取り分を増やすために遺言書を書き換えようと考えたのである。
その中の一人が資産家の男のパソコンからパウダーキーの製法を入手した。
喜び勇んでパウダーキーを精製したのだが、それはフェイクであり金庫は開かなかった。
やがて弁護士がやってきて「それでは遺言書の開示を行います」と遺族に告げた。
この弁護士だけが粉の製法を知っているのだ。
弁護士は「失礼します」とつぶやくと資産家の骨壷の蓋をひょいと持ち上げて、遺骨をつまみあげた。
そしてそれを金庫にまくと、金庫があっさりと開いた。
遺族たちは目を丸くし、頭の中で「おまえたちには絶対開けられんぞ」という資産家の笑い声を聞いたのだった。
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