ライターである私は、ある村に変わった風習があると聞いてその村にやってきた。
その風習とは、いわゆる「おこもり」のようなもので、年に一度、その日だけは日没後に家を出てはならないというものだった。
それだけなら特に珍しくは感じなかったのだが、どうやらその風習はかなり厳格に守られているらしいのだ。
なぜなのか興味を引かれた私は、村までやってきた。
その風習が行われる日に村にいていいのは村の人間のみだそうだが、あらゆるツテを駆使して、村の住人一人に内密に招いてもらえることになった。
「他の人には内緒ですよ。その日の夜は絶対に外に出ないこと。いいですね」
村人は怯えた様子で私に言った。
私は了解し、昼間のうちに村を見て回った。
いたって普通の村で、私はなんだか拍子抜けしてしまった。
夜になり、私は村人の家にこもった。
夜中まで起きていることにするが、一向に何も起こらない。
ただの噂だったのかな、と思っていると、窓の外で光が揺れた。
なんだろうと思い、窓から外を覗くと、海岸の方から、チラチラと人魂のようなものがやってくる。
なんだあれは。
火が近づいてくる。
カメラのズームレンズを覗くと、それはなんとヤドカリであった。
ヤドカリの背負った殻の頂点に火がついている。
それはまるで、昔理科の実験で使ったアルコールランプのようであった。
ヤドカリの火は大群で押し寄せ、村にある山を登っていった。そして大きな火のような塊になったなと思ったら、パッと大きく燃え上がり、火は鎮火したのであった。
翌朝、私は村人に聞いてみた。
「ある時、突然やってきたんだそうです」
村人の話によれば、あのヤドカリは年に一回、必ずこの日にやってくるらしい。
ヤドカリの火を消すと、あのヤドカリは死んでしまう。
昔、いたずらにヤドカリの火を消して殺した者が大量のヤドカリによって焼き殺されたことがあったらしい。
だからヤドカリに近づかないためにおこもりの風習が残ったのだという。
海からやってきたヤドカリは、最終的に一箇所に集まって燃えあがるらしい。
そして、なんと村人はその亡骸を食べるのだそうだ。
この村が飢饉に見舞われた際、あのヤドカリがやってきて救ってくれた、なんていう言い伝えもあるらしい。
「縁起物なので、どうぞ」
朝食の食卓に、ヤドカリと思しきものが出される。
私は躊躇しつつヤドカリを口にした。
貝やエビに似ているわけでもなく、なんだかおかしな味だ。
「お茶でも淹れましょう」
村人がコンロの前に立つ。
と、その時、村人が誤って火に手をつけてしまい、その手がぼぉっと燃え上がった。
村人はすぐに水道の水で手の火を消したが、あれはどうみても火がついているようだった。
村人が言う。
「はは……見ました?」
私は「いや」と答え、食卓のヤドカリを見た。
このヤドカリを食べ続けた村人は、自身も燃えるようになるのだろうか。
私は挨拶もそこそこに、村人の家を辞去した。
帰りに見つけた村の火葬場は、村の人口には不釣り合いに大きかった。
私は突然恐ろしくなり、足早に村を去った。
コメント