最初にその香りに気づいたのはまだ小さい頃だった。
なんだろう、この匂い。そう思うと、決まって両親が喧嘩しているのだ。
後に分かったことだが、それは喧嘩をしている人や仲の悪い人たちが互いに発する匂いだった。
その匂いがすると、両親の顔は笑っていても冷戦状態であることが多かったのだ。
だから私はその匂いに気づくと喧嘩の仲裁をしようと努力をした。
それが功を奏することもあれば、無駄に終わることもあった。
ボクサーなどのスポーツ選手からは匂いがしない。
一見荒々しい雰囲気を持っているが、スポーツ選手はお互いを同じ競技に挑む同志としてリスペクトしているからだろう。
人のそうした匂いには敏感なのに、自分の発する匂いは分からなかった。
体臭と同じで、自分には分からないのだろう。それが分かればどれだけよかったことか。
こんな能力、特に役立たないと思っていたのだが、意外なところで役にたった。
意外なところとは、就職活動である。
いいなと思っていた企業の面接を受けた時、対応してくれた社員たちの言葉や立ち居振る舞いがすごく感じがよかったのに、強烈な匂いがした。
おそらく、社内では熾烈な出世争いが行われているのだろう。
だから私はまったく匂いのしない無臭の会社に就職した。
その会社は小規模だが、ゆっくりとした時間が流れていて居心地の良い場所だった。
そんな時、すごい匂いを発している女性に出会った。
あまりにも心配で、私は声をかけた。
話してみると、彼女は自分と戦っている人だった。
「いつも自分が自分を否定してくるの」
彼女はそう言った。
彼女を救いたい、そう思った。
「また夜ふかしして! ほら、寝るよ」
ぷりぷりと私を叱る彼女からは、今日も心地よい香りがする。
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