まさか、こんな方法があったとは。
まさに目から鱗、といったところか。
私はいつもこの世界からいなくなりたいと思っていた。
どこか、全く別の世界に行きたいと願っていた。
そんな時に、この目薬の話を聞いた。
今と全く違う世界。
それは遠くにあるものだと思っていた。
しかし私たちのすぐそばにあったのだ。
問題はそれが”見えない”ということだ。
そこでこの目薬をさすのである。
するとこの世界とは全く違う世界が目の前に広がるのだ。
「何買ってきたの?」
妻に聞かれて私は「ただの目薬だよ」と答えた。
なんでこんな時間に起きてるんだ。
「そう」
妻はそう言って寝室に引っ込んだ。
私はリビングのダイニングテーブルの椅子に座って、目薬の蓋を開けた。
天を仰ぐようにして目薬を右目に落とす。
じわりと水滴が染み込む。
さぁ、あとは左目だ。
これで今の生活を全てリセットして、別の世界に行ける。
目薬をかまえて押し込もうとした、その時だった。
誰かがそこに立っている。
「あなた」
目薬から水滴が落ちてくる。
「あなた。どこ行くの」
どこに行く、だって。
どうしてそんなことを言うんだ。
この目薬のことを知っているのか?
そんなはずはない。
感じているのだ。
こいつは、昔からそうだった。
妙なところだけ感が鋭い。
「私とこの子を置いてどこに行くの」
視界の端に、妻と、もうとっくに寝ているはずの、小さい、小さい我が子が……
***
「やぁ、どうもこんにちは。こちらの世界にようこそ。私? 私はこの世界の案内人です。あなたみたいな新米さんはいきなりこの世界に来て戸惑うでしょうから、色々ご案内しているんです。おや、目から目薬が垂れてますよ。これで拭いたらどうですか? なんだ、随分多いですね。まだ止まりませんか。目薬をさしすぎたんじゃないですか? 向こうの世界でどう聞いたか分かりませんが、目薬は一滴ずつでいいんですよーーー」
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