居酒屋で、ある会社の忘年会が開かれていた。
会は盛り上がり、皆無礼講を楽しんでいた。
と、そこに居酒屋の店主が「面白いものがあるんです」とあるものを持ってきた。
それは”徳利(とっくり)”であった。
「これで注がれたお酒を飲むと、注いだ人と姿がそっくりになるんですよ」
店主はそう言って、徳利を置いていった。
飲み会に参加している社員たちは皆、面白がってこの徳利で酒を注ぎ合って飲んだ。
すると、酒を飲んだそばからその姿が変化し、もはや誰が誰だか分からなくなった。
「これは面白い!」と、その会社の社長は今年入った新入社員を呼んで酒を注がせた。
そして自らも新入社員に酒を注ぎ返す。
それぞれの酒を飲んだ二人は、すっかり姿が入れ替わってしまった。
これを見て社員たちは大爆笑した。
社長の姿になった新入社員は、新入社員の姿をした社長に「もっと堂々としたまえ」とからかわれ、調子よく「それが社長に対する口のきき方かね?」なんて言って笑いを誘っていた。
そして社長の姿になった新入社員は「ちょっと用を足してくるよ」と社長風の口調でトイレに向かった。
と、そこにこの会社に入って三年目の男性社員がやってきた。
「忘年会は残業より優先だぞぉ」なんてからかわれながら席についた三年目の彼は「ふぅ〜おつかれ」とネクタイを緩めながら新入社員の隣に座った。
しかしそれは当然、新入社員の姿をした社長である。
社長以下、他の社員たちは皆、面白がって三年目の彼にそっくり徳利のことを黙っていた。
新入社員の姿をした社長が「先輩、どうぞ」なんて言いながらとりあえず瓶から彼のコップにビールを注いだ。
それを受けながら三年目の彼は「おう、ありがとう。あれ、社長は?」と聞いた。
「社長は今トイレです」
それを聞いた三年目の彼はコップに注がれたビールをぐいっと煽ると「いっそずっと社長がいない方が酔えるんだけどなぁ」と笑った。
しばらくして、社長の姿をした新入社員が戻ってきた。
そして場を盛り上げようと「よく考えたら、社長の姿で用を足すのってどうなんでしょう!?」とおどけた彼は、社長が元の姿でむすっと座っている事に気がついた。
みんな、すっかり酔いが覚めて元の姿に戻っていたのである。
そして、一番隅の席で三年目の彼だけが、姿が変わるでもなく、だがその体はかわいそうなくらい小さくなって座っていた。
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