猫沼

ショートショート作品
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 我が家の猫はどうやら”沼”らしい。

 この子はもらってきた子猫なのだが、可愛いなと思い撫でていたら、離れられなくなった。

 これが数分や一時間程度ならよくあることである。

 しかし私はかれこれ二十四時間以上も猫をなで続けていた。

 もうやめたいと思っても、やめられないのである。

 猫から離れられないので、何も食べられず、水すら飲めない。

 家族に「猫から離れられない!」とメッセージを送っても「だよね〜」という調子で深刻さが伝わらない。

 写真を撮って送ると「可愛い!」とコメントが付く始末。

 電話で母を呼ぼうとしたが、何ふざけてるの、と怒られてしまった。

 一体どうしたらいいのか。

 空腹で意識が朦朧としてきた。

 誰でもいい、助けて……。

「大丈夫ですか」

 目が覚めると、目の前に太った男の人が立っていた。

「仕方がなかったので窓を破って入りました。修理代はあとで請求してください」

 男の人はそう言いながらうちの子猫を抱えている。

「この子は貰い受けます。この子はもうお気付きの通り、沼の性質がある。いいですね?」

 私はなんとか頷きながら言った。

「どうして、私が助けを求めていると分かったんですか」

「沼の性質がある猫の気配が分かるんです。そのそばにはいつも沼から出られなくなった人間がいるものです」

「あなたはなぜ平気なのですか?」

「僕が、より強い沼だからです」

「え?」

 その時、太っている男の人の服の影から、ニャーと猫が顔を出した。

 それも、たくさん。

「あなたも近寄らない方がいいです。猫以外にも有効なので。窓の修理代の請求はこちらへ。それでは」

 男の人はそう言って名刺を一枚置き、去っていった。

 あの人のおかげでようやく自由に動き回れるようになった私は、水を飲み、おかゆを食べ、なんとか助かった。

 窓はすぐに修理してもらったけど、もちろん修理代は請求していない。

 名刺から、彼が動画サイトで「猫の沼」というチャンネルを運営していることを知った。

 きっと彼はこのチャンネルで生計を立てているのだろう。

 このチャンネルの存在を知ってから、私はずっと動画を見ている。

 これはこれで、結構な沼なのだった。

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