僕は私立探偵、小狸信史。
なんとなく道を歩いていたら、ドアノブを拾った。
なんでドアノブなんて落ちていたのかなぁなんて思いながら歩いていると、前を歩いていた会社員らしきスーツを着たお兄さんにぶつかってしまった。
「あ、すみません」
そう謝りながら僕は「あっ!」と大声をあげた。
なんとお兄さんの背中にドアノブがくっついてしまったのである。
「わーーー! な、なんだこれ!? 君、取ってくれ!」
お兄さんが背中に手をやりながら慌てている。
「わ、分かりました!」
僕はドアノブを掴んだり回したりして取ろうとしたが、ドアノブは全然取れなかった。
数時間の格闘の末、お兄さんが言った。
「開けてくれ」
「えっ」
「ドアノブがついたんだから開けてもらわないことには仕方ないだろう」
「でも、不用意に開けたらお兄さんの体が危ないです」
「しかしただこうしているわけにはいかない。いいんだ、ひと思いにやってくれ」
僕はドアノブを握り……そして開けた。
その瞬間、ものすごい吸引力でお兄さんの背中に吸い込まれて……!
気がつくと、僕は宇宙を漂っていた。
ここはお兄さんの中なのだろうか。
宇宙空間なのにどうやら呼吸はできるようだ。
遠くの方に小さなドアが見える。
あそこから外に出られるのかもしれない。
と、その時、目の前に長い長いガムのように伸びた蛇が現れた。
僕は慌てて蛇を捕まえて輪を作り、扉に投げつけた。
蛇の輪はうまい具合にドアノブに引っかかって、なんとかその蛇をたぐって生還することができた。
「うわーーーー!!!」
僕が外の世界に戻ると、目の前に腰を抜かしたお医者さんがいた。
「か、体の中に人が入っちゃったとか、訳の分からないことを言っていたから、おかしいのかと思ったが、まさか本当だとは……」
僕がお兄さんの体から出ると、ドアノブはポロリと取れた。
「ねぇ、君」
お兄さんがドアノブのなくなった背中をさすりながら言った。
「僕の中はその……どんなだった?」
「そうですね。お兄さん、小説家とか向いてるかもです」
「え?」
「お兄さんの中には無限がありました。無限に広がる宇宙。そこに長い長い蛇がいたんです。もしかしたら空想する力が強いのかも」
「小説家って……確かに小説を読むのは好きだけどなぁ」
そんなお兄さんとの出会いからわずか一年後、お兄さんはテレビに出演していた。
マイクを向けられたお兄さんはこんなことを言った。
「このような賞をいただけたのも、ある青年に自分の新しいドアを開けてもらったおかげだと思います」
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