私が高校受験の勉強を始めた頃、父が私を部屋に呼んだ。
「今年は受験だな」
「うん」
「早いもんだなぁ」
父はそう言って何やら感慨深そうにしている。
「何、改まって?」
「うむ。実はな」
父はそう言って、背中側から何かを出した。
それは日本刀だった。
「え、何これ、刀?」
「あぁ。我が家に伝わる宝刀、祈願刀だ」
「祈願……刀?」
「そうだ。この刀は我が一族に代々伝わる刀でな。いわゆる伝家の宝刀というやつだ。これをおまえにやる」
「えぇ!? い、いらないよ刀なんて」
「安心しろ。これは人を斬ったりする刀じゃない。あるものしか斬れない刀なんだ」
「あるもの?」
「そう。この祈願刀はね、書物を斬ることができる刀なんだ。参考書なんかを読み込んで、完全に覚えたと思ったらこの祈願刀でその本を斬り付けてみる。結果、見事斬ることができたらその参考書の内容は全て頭に入っているというわけだ。逆に斬れない場合はまだその参考書がおまえに必要ということだな」
「変な刀」
「変とはなんだ。由緒正しき刀だぞ。お父さんもこれで受験を乗り越えたんだ」
「お父さんってそんなすごい高校とか大学行ったんだっけ」
「いや。まぁ頭がよくなるわけではないからな」
父はそう言ってガハハと笑った。
私は父から祈願刀を受け取り、部屋に戻った。
刀を鞘から抜いてみると、本物の日本刀にしか見えない。
恐る恐る刃の部分に触れてみるが、なるほど、指には傷一つつかなかった。
それならば、と私は試しに机の上にあった参考書を斬ってみることにした。
「ほっ」
そんな掛け声をあげながら私は参考書に向かって祈願刀を振り下ろした。
しかし、斬れない。
「えぇ〜? この刀が単純になまくらなんじゃなくて?」
そう思った私はこの刀の性能を確かめる為に段ボールにしまってあった小学生の頃の教科書を引っ張り出した。
教科書を机の上において「えいや!」と刀を振り下ろすと、なんと教科書がスパッと斬れた。
「あらら」
斬れた教科書を見て、私は驚きの声をあげた。
「じゃあ、こういうのはどうなんだろう」
私は本棚の漫画や小説を斬ってみた。
しかし、斬れない。
なるほど、こういう本は内容を覚えたからって、時間が経てば別の読み方ができるかもしれないから斬れないのか。
私はそう解釈して、大人しく祈願刀を受験勉強に役立てることにした。
参考書をやって、試し斬りをしては、もう一度勉強する。
そして見事その参考書を斬れた時はなんとも言えない達成感があった。
そして祈願刀のおかげ、かは分からないが私は第一志望の高校に見事合格した。
高校の中間テストや期末テストでも祈願刀は活躍してくれた。
そして迎えた大学受験。
私は志望校の過去問題集を買って、日夜勉強に励んでいた。
試験まで一週間という頃、私は床に正座をしてまさに祈りながら祈願刀を過去問題集に向けて振り下ろした。
「やった……!」
過去問題集は真っ二つに斬れた。
自信を持った私は大学受験本番に挑み、そして見事志望校に合格した。
大学に入ってからも私は大いに祈願刀を活用したが、とうとう最後まで斬れないものがあった。
六法全書。
まぁ六法全書の内容を全部覚えている人間なんていないかもしれないけど、私は結局弁護士になるのを諦めた。
そんな私も今や一児の母となり、娘の世話に追われている。
祈願刀を使う機会もなくなったので、私は刀を物置にしまった。
娘はまだ小学生だから、祈願刀は必要ないだろう。
娘が私と同じように受験の時期を迎えたら伝家の宝刀として授けるつもりである。
この子は本を読むのが好きだから、きっと祈願刀をうまく使ってくれるに違いない。
あ、でも最近は電子書籍なんかも多いから、その場合はどうなるんだろ。
そんな風に考えていた、ある日のこと。
夏休みなので娘は朝から家にいたのだが、どうも姿が見えない。
私が家事を中断して探すと、何やら物置でゴソゴソといたずらをしている。
「お母さん、これなぁに〜?」
娘がそう言って鞘から抜いた祈願刀を持っていた。
「あ、コラ! 勝手に触って〜。ダメでしょ」
私はそう言いながら祈願刀を取り上げた。
「ごめんなさい」と謝る娘の足元を見て、私はギョッとした。
何度この祈願刀を振り下ろしてもビクともしなかった六法全書が、真っ二つに斬られていた。
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