カフェでのアルバイトを終え、私が「失礼しまーす」とマスターに声をかけるとマスターが「それ持って行っていいからねー」と落とし物箱を指差した。
「持ち主の方、来ませんでしたか」
「うん、そうだね。もう半年以上経っているし、警察にも届けたけどそれくらいのものはゴミとして捨てても構わないっていうから」
「分かりました」
私はそう言って落とし物箱の中にあるしおりを手に取った。
これはもうかなり前にカフェの床で見つけたもので、落とし物としてお店で保管していたのだった。
私が「素敵なしおりですよね」と言ったのをマスターは覚えていたらしい。
しおりはペラペラな紙のしおりではなく、材質のしっかりした、アンティーク調の模様があしらわれたものだった。
私は、もし持ち主の方が現れたら返そうと思いつつしおりを持って帰った。
カフェからの帰り道、久々に書店へ寄った。
あのしおりを使って久しぶりにじっくり本を読もうと思ったのだ。
あれこれ迷った挙句、今話題の分厚いミステリー本を購入した。
家に帰った私は、先ほどカフェで持ち帰ってきたしおりを買ってきた本に適当に挟み、着替えを始めた。
私がクローゼットに手をかけた、その時だった。
「犯人は二代目当主の後藤!」
そんな声が聞こえてきたのだ。
心臓が口から飛び出そうなくらいびっくりした私はクローゼットに背を向けて硬直した。
なんだ、今の声は。
誰か部屋に潜んでいたのか。
しかし、誰もいない。
そうして私が硬直していると、今度は「トリックは時計の操作!」という声が聞こえた。
なんだ……?
どうやら、声は先ほど本を置いた机から聞こえてきたようだ。
私がそろそろと本に近づくと、なんと本に差し込んだしおりがブルブルと震え、「死体の死亡推定時刻が間違い!」と声をあげた。
しおりが……しゃべっている。
しかもその内容は!?
私はしおりを抜き出して、本の冒頭をめくった。
するとそこに登場人物紹介のページがあり、何人かの名前のあとに「屋敷の二代目当主 後藤」という名前を発見した。
私は驚きよりも怒りが先行して「あなたね!」と思わずしおりを握り締めた。
最悪だ、ミステリ小説のネタバレをくらってしまった。
なんだ、このしおり!
しおりを捨ててしまおうかと思ったが、持ち主がいるかもしれないと思いなんとかこらえた。
というか、そもそもこんなしおりだから元の持ち主が落とした、もとい捨てていったのではないか?
そんなことを考える。
私はため息をつきながら、分厚いミステリ本をそっと本棚にしまった。
それから色々考えて、私はこのしおりをちょっと使ってみようと思った。
様々な本にしおりを挟んでみると、しおりは例のダミ声で本の内容を読み上げるのだった。
実験の後、私はこのしおりの有効利用法を思いついた。
まずはレシピ本。
私はいつもレシピ本を見ながら料理をするのだが、レシピ本は目当てのページを開いたままにしておくのが難しい。
そのうちにパラパラと勝手にめくれてしまったりするのだ。
料理中は何かと手が汚れてしまってめくることもできないので困っていた。
しかしこのしおりを挟んでおくだけで必要な調味料の量や調理工程をダミ声がしゃべってくれた。
小説などに比べて文字量が少ないのが不満なのか、しおりはかったるそうにそれらを読み上げた。
他にも、参考書なんかに挟むと覚えるべき公式を何度も読み上げてくれたりして便利だった。
私はベッド脇に本を置いてしおりに該当ページの内容を何回も読み上げてもらって睡眠学習をやってみた。
だが朝になるとしおりも眠ってしまったのか、読み上げるのをやめていてこれはうまくいかなかった。
しおりが眠るものかな、と思いつつ、そういえばこの子にはなんとなく意思があるように感じられる。
いつもダミ声で話すのだが、その話し方には個性があり、生きているような気さえするのだ。
そういえば以前に睡眠学習を試した時、夢の中で「まだ覚えてねーのかよ!」と言われたような……。
そんなこんなでそのしおりを捨てられなかった私は結局ずっとしおりを持っていることになった。
何年も経った後、夫が勝手にしおりを持ち出して、自分の日記に挟んだ為に日記の内容をしおりが大声で読み上げてしまったなんていう事件もあった。
不思議なしおりは、結局持ち主の元に帰ることなく我が家にあり続けたのだった。
「それでは読ませていただきます」
とスーツ姿の男が言った。
「ちょっと待ってください」
部屋に集まった数人の男女のうち、一番の年長者と思われる男が言った。
「母から、遺言状は読み上げる前にこれをはさむように、と聞いています」
その男は一枚のしおりを取り出した。
綺麗な模様があしらわれたしおりだ。
スーツ姿の男が不思議そうな顔で「かしこまりました」としおりを受け取り、遺言状にしおりを差し込んだ。
すると突然しおりがダミ声で喋り始めた。
部屋に集まった男女は皆驚きながらその声を聞いていた。
ダミ声が遺言状の内容を読み上げていく。
立会人らしきスーツ姿の男は困惑したような表情を浮かべているが、それ以外の人間はその声にじっと聞き入っていた。
そのダミ声は故人の声とは似ても似つかないが、しかし、どこか彼女の温もりを感じさせる。
遺言状が騒がしいダミ声で読み上げられる中、小さなすすり泣きの音が部屋のどこかから聞こえてきた。
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