三十歳学校

ショートショート作品
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「おはよう」

「おはよう〜」

 その日、私は学校に登校した。

 先に登校して机に座っていたクラスメイトに声をかけて自分の席に鞄を置く。

 懐かしい雰囲気だ。

 学校に通っていた頃はこうだったなぁなんて、自分の学生時代を思い出す。

 私もついに「三十歳学校」に通い始めたのだ。

 三十歳学校は国の定める義務教育の一環として十数年前から通うことが原則義務化された学校である。

 学校は普通の学校と同じように週五日、日中に授業が行われる。

 会社員には前年度と同額の給与を支給するよう会社側に義務付けられているし、個人事業主や自営業の場合は前年度の収入に合わせて保証金が支払われるので仕事についての心配は、少なくとも金銭面では少ない。

 この三十歳学校に通うようになってから私は、「あぁ自分が必要としていたのは学校だったんだな」と思った。

 三十歳という年齢になると家族以外の人間と気安く交流することが少なくなって、私は孤独を感じていたのである。

 三十歳学校の授業は楽しかった。

 例えば「確定申告のやり方」なんて授業があった。

 会社員をやっている私は確定申告のやり方なんて全然知らなかったのだけれど、やってみると知らなければならない知識だったし、今後会社を辞めて働く時には絶対に必要になるのでありがたかった。

 あとは、各種助成金の種類についてや申請方法を教えてくれる授業もあった。

 国や市区町村からもらえる助成金の数は思ったよりも多かったけれど、私はその半分も利用できていなかったことを知った。

 その他にも「生命保険に関する考え方」「最先端ガジェットの紹介、実技」なんていう、気になっていたけれど改めて学ぶ時間がなかったり今さら聞けないことに関する授業もあって楽しかった。

 三十歳学校には体育の時間もあって、衰えがちな体力を増強する運動をしたり、効率の良いダイエット方法についても学んだ。

 三十歳ともなると生活習慣病の予防も大切で、私はかつて学生として学校に通っていた頃よりも数段真面目に授業に参加したのだった。

 他にも選択制の授業がいくつかあって、その中には子育てに関する授業や、無趣味の人が趣味を楽しむための授業などがあった。

 また学校に実際に通うのが難しい人に対してはオンラインで授業を受けられる環境も整っていた。

 三十歳学校に通うのは、当然年齢が三十歳の人間であるが、その年齢になると全員社会的地位に差がある。

 だが三十歳学校では社会的地位などによる誹謗中傷については厳罰が課されることになっており、違反した場合は最悪退学処分となる。

 国の働きかけで「三十歳学校の卒業」はきちんと社会的ステータスの一つになっているので、進んで違反しようという人間はいなかった。

 
 三十歳学校、その唯一の難点は不倫が増えたことだそうだ。

 結婚相手が同年齢であれば一緒に学校に通えるがそうではない場合も多く、そうした場合「学校」という一日の大半を過ごす場がある限り、そういった関係が生まれてしまうのも無理からぬことではあるかもしれない。問題であることは間違いないが。

 現在、三十歳学校の学級を既婚者と単身者で区分けする等の議論がなされており、単身者にとっては出会いの場にもなるのではという声も上がっている。

 色々と問題もある三十歳学校ではあるが、私はやはり通うことができてよかったと考えていた。

 私は大学を卒業して社会に出てからずっと孤独を感じていた。

 仕事上の付き合いは友人関係とは違う、ある意味乾いた関係と言ってよかった。

 仕事に追われるうちに本当の友達とは疎遠になることも多かったのだ。

 私には家庭もあるが、家庭だけでは孤独を感じてしまうのが私という人間だった。

 そんな私の孤独は、三十歳学校という、同じ年齢の、悩みなんかも共通して持っている人間同士で集まれる場があることで癒やされた。

 三十歳学校に通うようになって一年。

 あっという間に卒業式の日がやってきてしまった。

 しかしこの一年は、大人になってからのどの一年よりも充実していた。

 まるで、まだ十代の学生時代に戻ったようであった。

 卒業式の日、私は学校で出来た友達と一緒に「卒業しても遊ぼう」と言い合って別れた。

 でも、分かっている。

 きっと、この学校を卒業してそれぞれ社会に戻ったら、きっとまたみんな疎遠になる。

 それは自分が昔、学校に通い、卒業した経験から分かっていた。

 しかし、それでもいいのだ。

 小学校の頃の卒業式を思い出す。

 まだ子供だったのに「十年後に再会しよう」なんて言って校門を出たっけ。

 今、同じ言葉を友達にかけた。

 しかし小学生のあの頃のような夢物語ではない。

 私たちは来る「四十歳学校」での再会を誓ったのだった。

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