時の止まった押し入れ

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 不動産屋さんが物件を紹介してくれたのだが、その時の文言が気になった。

「あなたは最適なようなので」

 そんなことを言ったのだ。

「この物件の家賃や共益費、光熱費はすべて無料です」

「ただ!?」

 思わず聞き返す。

「はい。ただそれには理由がありまして。この物件の押し入れは時が止まっているんです」

「は?」

「つまり、押し入れの中だけ時間が止まっている、というわけです。世界中にはそんな箇所が何箇所かありまして、今、この押し入れでは国規模の研究が行われています。なので押し入れの中には記録を取る為の装置なども設置させていただいておりまして、月に数回、研究員による検査なども行われますのであしからず」

「はぁ……。でも、そんな物件になぜ俺が最適なんですか?」

「私たちよりも経歴が汚れていないからです。あなたのような普通の人間に住んでもらったほうがカモフラージュになるんです。いいですか。押し入れの中には何も入れないでくださいね。もし万が一、何か入ってしまったら棒を使って取ってください。間違っても自分で入らないように。時が止まってしまいますので」

 そんなわけで俺はこの部屋に住み始めた。

 押し入れには何も入れないように、と注意されていたけれど、俺はこっそり押し入れを有効活用している。

 買ってきた食べ物などを入れておくのだ。

 もちろん、ずっとそのままにしておくとやってきた研究員に怒られるので、研究員が来る時は引き上げている。

 あと、たまに頭以外の体を突っ込んでおくこともある。

 こうすれば、時が止まって体が歳を取らないかな、なんて考えたのだった。

 そんなある日、俺はうっかり彼女に押し入れのことを話してしまった。

 不動産屋さんには他言無用と言われていたのだが……。

「ほ、他のやつには言うなよ」

 そう彼女に念押しする。すると彼女は言った。

「黙っててあげるからさ、その押し入れに入らせてよ」

「えぇ!?」

「今日は休みの日だから、一日ここで寝てる。そうすれば歳取らないんでしょ?」

「そりゃ、そうだけど」

「よし、じゃあ決まり! 明日になったら押し入れから出して起こして!」

 彼女はそう言うと押し入れに布団を押し入れて、中に入ってしまった。

 まったく、とんでもないな……。

 彼女が押し入れに入ってしまって暇なので、俺は出かけることにした。

 町をプラプラ歩いていると、電話が鳴った。

 出てみると、不動産屋さんからである。

「もしもし!? 今どこにいらっしゃいますか?」

「今? 町の方をぶらぶらと歩いていますけど」

「そっか、よかった……」

「どうしたんですか?」

「例の押し入れに関するお話なのですが、世界中に点在している時の止まっていた場所の時間が、急に進みだしたんです。それも加速度的に。これまで止まっていた分の揺り戻しとでも言いましょうか、その速度は通常の何倍もの速度で、今はもう押し入れの中の時間が百年ほど経ってしまっているようなんです」

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