小説家をしている私はアイデアを考える為に散歩に出た。
すでに夕闇の頃で、私は一人うつむき加減でうなりながら歩く。
すると「さぁ! さぁ!」という威勢のいい声が聞こえてきた。
なんだ? と顔を上げるといつの間にか私は盆踊りの輪の中にいた。
おぉ、今日は祭りの日か。
昔はよく盆踊りを踊ったものだ。
私はしばし仕事を忘れることにして、機嫌よく盆踊りを踊った。
普段あまり運動をしないので、すぐに疲れてくる。
そろそろやめておこう、と私は盆踊りの輪を抜けようとしたのだが、法被姿の男たちに「さぁ! さぁ!」と押し戻されてしまう。
仕方ない、もう少し踊るか。
踊っていればアイデアが出るかもしれないし。
私は再び盆踊りを踊り始めた。
しかし物事には限度というものがある。
もう限界だ、と思い私は盆踊りの輪からはずれた。
「さぁ! さぁ!」
男たちに押し戻される。
思わず、やめてくれ、と叫ぶ。
「さぁ! さぁ!」
これ以上ここにいたら死んでしまう。
押し寄せる男たちの輪。
私はその輪に小さな途切れを見つけ、思い切り走り出した。
「さぁ! さぁ!」
男たちが行く手を阻もうとするが、無我夢中で走り、くぐり抜ける。
男たちの掛け声がなおも追いかけてきたが、最後の力を振り絞って男たちを撒いた。
気がつくと近所の路地裏に立っていた。
往来に人の姿を見つけてホッとする。
助かった。
それにしてもさっきのあれはなんだったのか。
よく考えると、このあたりに盆踊りが出来る場所などないのである。
恐ろしかったが、奇抜な体験ではあった。
どうせなら小説のアイデアにするため、あの時の様子をスマートフォンで撮っておけばよかったなと思ったが、今となっては後の祭りである。
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