「凶出ろ、凶出ろ……!」
私はそう強く念じながらおみくじを引いた。
今から十五年前。
まだ子供だった私は山で遊んでいた時に一人のおじさんに出会った。
おじさんは山の向こうが見える場所に座っていた。
おじさんは私と目が合うと
「あっ」
というような表情をしてから「見つかっちまったかぁ」と頭をポリポリ掻いた。
「ま、見つかったもんは仕方ねぇやな」
「おじさん、ここで何しているの?」
「ん〜? これを集めてるんだよ」
おじさんはそう言っておみくじを見せてくれた。
そのおみくじは全部”凶”だった。
「えー、なんで!? へんなのー!」
私がそう言うと、おじさんは楽しそうに笑った。
「お、また来たな」
山の向こうから一匹の鳩が飛んできた。
鳩はパタパタとおじさんの元にやってきて、おじさんの腕に止まった。
「ほら、ここにおみくじがついてんだよ」
おじさんが鳩の足を指差す。そこに紙が結ばれていた。
「凶のおみくじをな、こうやって鳩に結びつけて飛ばす神社があるんだよ。俺ぁその凶のおみくじを一手に集めているってわけだ」
「集めてどうするの?」
「どうもしないさぁ。ただ集めるだけだ」
「鳩を飛ばす神社ってどこにあるの?」
「そうさなぁ。大人になったら、探してごらん」
おじさんはそう言いながら鳩から凶のおみくじを取ってやった。
すると鳩はまた山の向こうに飛び去っていった。
おじさんは座ったまま背伸びをすると、近くになっていた木の実を食べた。
「それ、美味しいの?」
「ん? 木の実か。どうかなぁ」
私はおじさんの食べている木の実を自分も一つとって口の中に入れた。
木の実はなんだか苦い味がした。
「わたし、チョコボールの方が好きー」
「チョコボール? なんだいそりゃ」
「知らないの?」
「あぁ。あまり下界に降りないからなぁ。おじさんはなぁ、凶を集めているからついてないんだよ。そんなおじさんが下界に降りておかしな影響与えちゃまずいからなぁ。だからいつもおじさんは旅をしているんだよ」
「ふぅん」
と、その時ぱらぱらと雨が降ってきた。
「そら、おじょうちゃんも、もうおかえり。じゃあな」
鳩のおじさんはそう言うとのっそりと歩いていった。
おじさんが座っていた所に小さな鳩の形をしたアクセサリーが落ちている。
「おじさん、忘れ物!」
私はそう言って追いかけようと思ったが、おじさんはもうどこにもいなかった。
次の日も、また次の日も私は山に行ったけれど、もうおじさんはいなかった。
大人になった私はおじさんの言っていた神社を探し回った。
そして、十五年目にしてようやく見つけたのである。
「凶出ろ! 凶出ろ!」
そう念じながらおみくじを引く。
すると見事、凶を引き当てた。
「やった!」
思わずガッツポーズをしてから、宮司さんの元へ向かった。
「あの、これ鳩で飛ばしてもらいたいんです」
私が凶のおみくじを見せると、宮司さんは「はい」とそれを受け取った。
「すみません、これも一緒に飛ばしてほしいんですが」
小さな鳩のアクセサリーを宮司さんに見せる。あのおじさんが落としていったアクセサリーだ。
私が宮司さんに訳を話すと、宮司さんはとても驚いた様子で言った。
「まさか、凶の神様が本当にいらしたとは。我々もいるとは聞いていたのですが、何しろ居場所が分からないのです。しっかり鳩に結んだはずのおみくじがなくなって帰ってくるのでどこかにいらっしゃるはずだとは思っていたのですが、いや、驚きました」
それから宮司さんは鳩の足に凶のおみくじとアクセサリーをつけて飛ばしてくれた。
おじさん、神様だったんだ。
おじさんの元にちゃんと届けばいいな。
山の向こうに飛んでいく鳩を見つめながら、私もおじさんや宮司さんみたいに人のためになる仕事がしたいな、なんてことを思った。
翌日。
私はコンコンという音で目を覚ました。
何の音だろう、と思って見ると、窓のところに鳩が一羽とまっている。
鳩は私に気がつくと、そっと飛び去っていった。
ベッドから降りて窓を開ける。
外はいい天気だ。
と、窓枠のところに何かが置いてあった。
「あっ」
それは可愛らしい、チョコボールの箱だった。
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