僕は一人暮らしをしている部屋に友達の野山を呼んだ。
「話には聞いてたけど、ぼっろいなぁ!」
野山は部屋に入り開口一番そう言った。
「失礼なやつだなぁ」
そんなことを言いつつ、まぁそのとおりだなと思う。
トイレは和式便所だし、台所の給湯器はでかいし、おまけに部屋は和室でふすまに絵が描いてあるときた。
「こんなところにいたら気が滅入らない?」
「まぁ、滅入らないでもないな」
「そこでだ。いいものを持ってきた」
野山はそう言って袋を取り出した。
その袋には、なにやら灰色の粉が入っていた。
「なんだいそりゃ」
「花咲かじいさんだよ。ほら」
野山が壁に向かって粉を散らす。
すると、壁一面に桜の木が現れた。
桜は満開に咲き誇っている。
「お、おぉ! なんだこりゃ」
「これはさ、シーズンパウダーというもので、いろいろな物に季節を映し出せるんだよ。置いてってやるから適当にやりな」
野山はその不思議な粉を置いて去っていった。
それから僕は壁の桜を見ながらぼーっと花見をした。
暇だったのでひたすらぼけっと桜を見ていると、桜の木にメジロが飛んできた。
可愛いなぁ、と思いながらメジロが枝から枝へとぴょんぴょん飛び跳ねるのを眺めた。
数ヶ月の月日が過ぎ、さすがにそろそろ桜にも飽きてきた。季節も夏になろうとしているし。
僕は濡れ雑巾で壁を拭いて粉を拭き取ってから、改めて壁に粉を振りかけた。
すると壁に青い海と海岸が現れた。
「いいね、夏っぽいね!」
僕は新しい壁の景色を楽しんだ。
それから、夏が過ぎて秋が来たのでまた粉を拭き取ってから振りかけると、見事な紅葉の壁になった。
冬になったらそれは雪景色に変わり、一年を通して壁の四季を楽しんだ。
やがて僕はその部屋から引越しをした。
新しい部屋はごく普通の部屋なので、シーズンパウダーをまかなくても、まぁそれほど殺風景でもない。
新天地での生活を楽しんでいたある日、前の部屋の大家さんから電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
「あんた、なにしたの!」
「えっ」
ぎくりとした。
何か部屋を汚したり壊したりしていたのだろうか。
ちゃんとあの壁は、拭いたはずだけれど……。
「あのぉ、なにかありましたか」
「なにかじゃないよ! ふすまの絵!」
「絵、ですか?」
「あれ、古くなっているけど有名な画家の人の絵なんだよ! それなのに、メジロがいなくなってるじゃないか!」
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