天秤Tシャツ

ショートショート作品
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 古道具屋の店長をしている私は、その日も店番をしていた。

 するとそこに、私のお店には珍しい若い男性のお客さんがやってきた。

 何かを求めてこの店に来たわけではなく、なんとなくふらりと寄ってみた、という感じである。

 彼はお店の中のあるコーナーで足を止めた。

 そこは古着のコーナーだった。

 彼は一枚のTシャツを取り出して、しげしげと眺めている。

 私はそっと彼に近寄って言った。

「それ、面白いですよ」

 彼が今持っているのは天秤Tシャツである。

「そのTシャツを着て、なにか天秤にかけたいものを思い描きながら胸に手を当てるんです。そうすると、より引かれる方や大事な方に天秤が傾くんですよ」

「へぇ、面白いですね」

 彼はそう言って天秤Tシャツを買って行った。

 後日、彼はまたお店にやってきた。

 何やら上機嫌な様子である。

「先日は本当にありがとうございました」

 彼がそんなことを言うので、聞いてみる。

「何かいいことが?」

「えぇ」

 彼は話し始めた。

 この店で天秤Tシャツを買った彼は、何でもかんでも天秤にかけてみることにしたらしい。

 すると、様々なことがうまくいったそうだ。

 仕事に関することでも、買い物でも。

 そしてある時、彼女に「私と仕事どっちが大事なの!?」なんてドラマみたいなことを言われて、彼はその時もTシャツを使ったらしい。

「ちょっと待ってて!」

 彼はそう言って天秤Tシャツに手を置いた。

 いつもはどちらかに傾く天秤が、どちらにも傾かない。

 彼は「どっちも同じくらい大切なものだ」と彼女に伝えた。

 真摯な彼の態度に打たれたのか、彼女は機嫌を直してくれたそうだ。

「今からデートなんですよ」

 しまりのない顔で言った彼は「では」と去っていった。

 彼には、真実を言わない方がいいだろう。

 天秤Tシャツはジョークグッズの一つで、天秤が傾くのはまったくのランダムなのである。

 まぁ、それでうまくいっているのならいいかな。

 彼の話を聞いた私は、そうだ、と店にあった天秤Tシャツを着てみた。

 その日私は、ランチを中華料理屋さんに食べに行くことに決めていたが、何を食べようかまだ決めていなかったのだ。

 そのお店はどのメニューも美味しいのである。

 中でも美味しい二つを天秤にかけて「どっちがいいかな」と念じてみる。

 Tシャツの天秤は、どちらにも傾かなかった。

 そうか、その手もあるなと思った私はさっそく中華料理屋さんに向かい、こう注文した。

「すみません、半ラーメンと半チャーハンのセットでお願いします!」

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