幼い頃、一人でボール遊びをしていた時、ボールが「立入禁止」と書かれている場所に入り込んでしまった。
そこは工事現場のようで、僕は立入禁止の看板をくぐって中に入った。
すると中に入った瞬間、僕の足元で、ぼちゃん、と音がした。
見ると、なんとそこは田んぼだった。
さっきまでは間違いなく工事現場だったはずなのに……。
「コラ!」
突然誰かに怒られた。
声のした方を見ると、麦わら帽子をかぶり、白いてろてろのシャツに茶色い作業着ズボンを来たおじいさんが僕のボールを持っていた。
「勝手に入っちゃいかん」
おじいさんはそう言いながら僕にボールを返してくれた。
おじいさんに「ここは田んぼなの?」と聞くと、おじいさんはこう答えた。
「ここは”幻の田んぼ”だよ。幻影を見せて、外から面倒なものを寄せ付けないようにしている。例えば、人間には立入禁止に見えるし、スズメなどの動物には天敵の巣に見えるんだ」
おじいさんはそう言うと「もう入るなよ」と頭をなでてくれた。
田んぼを出た僕は、もう一度振り返った。やはりそこには工事現場があったのである。
それから、一度だけ偶然おじいさんに出会って、その時に田んぼで出来たというお米をもらった。
幻の田んぼのお米はとても美味しかった。
あれから長い時間が過ぎて、幻の田んぼがあった場所には本当に建物ができてしまったけれど、今でも町を歩いていて「立入禁止」と書かれた場所があると、そこに田んぼがあるのではと思ってしまう。
きっと今でもどこかに幻の田んぼがあるのだろうと思いながら、僕は今日も町を歩いている。
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