「飛び箱の中の人」という人がいるらしい。
放課後、一人で体育倉庫に行く。
そして二個ある飛び箱のうち、いつも授業で使われている新しい飛び箱に隠れる。
先着がいないかきちんとノックをしてから隠れる。
そのまま夜まで待つ。
もし途中で飛び箱の外からノックされたら、ノックを返して、すでに中にいることを知らせる。
夜になると、使われていない方の飛び箱から声が聞こえる。
その声はどんな相談にも乗ってくれる。
私は噂の手順通りに飛び箱の中に入ってみた。
夜がやってくる。
向こうの飛び箱から、誰かが話しかけてくる様子はない。
私は意を決して声を出した。
「いらっしゃいますか」
すると、もう一つの飛び箱の中から「はい」と返事が聞こえた。
噂は本当だったのだ。
私はこの学校の教師である。
噂のことは生徒から聞いたのだが、どうせ誰かのいたずらだろうと思っていた。
しかし、今聞いた声は全校生徒、そして全教員、どの声とも合致しない。
私は耳がいいのだ。
じゃあ……飛び箱の中にいるのは誰なんだ。
「相談事はなんですか」
そう聞かれて、私は答えた。
「あなたのことです。あなたがいることで、生徒が夜中まで学校に残ってしまって、困っているんです」
「すみませんでした。では、やめたほうがいいでしょうか」
「……いえ」
こんな対応は教師としては失格かもしれないが、私だって昔、遊びで真夜中の学校に忍び込んだことがあった。
それに、この不思議な体験が、生徒にとって一生忘れられない思い出にもなるかもしれない。
私は言った。
「生徒におかしなことを教えないなら、これからもお願いします」
「はい。相談事は以上ですか?」
「えぇ」
もう一つの飛び箱から、気配が消えた。
飛び箱を出た私は、もう一つの飛び箱に近寄った。
無粋なことだが、一応やらなければならない。
生徒の安全のためにも。
私は飛び箱を開けた。
その中には、やはり誰もいなかった。
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