ど忘れ廊下の噂

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 五年生になった僕は「ど忘れ廊下」の噂を聞いた。

 五年生の教室がある校舎の三階から図工室なんかがある方へ続く廊下。

 その廊下であることをすると、廊下を渡っている時の記憶をなくすというのだ。

 やり方はこうだ。

 ど忘れ廊下は必ず二人で渡る。

 二人で五年生の教室がある方の廊下の端に立ったら、パンパンと二回拍手をする。

 そして次は二人で向かい合ってもう一度二回拍手をしてから相手の両手と合わせるようにパンパンと二回手を合わせる。

 その後、二人同時に廊下を歩き出す。

 すると渡っている時の記憶が消えるというのだ。

 僕は友達のケンちゃんと一緒に試してみることにした。

 ケンちゃんもこういう話は好きなので、すぐ乗ってきた。

 放課後、二人で誰もいない廊下の端に立つ。

「じゃあ行くよ」

「うん」

 二人でパンパンと二回拍手する。

 その後、ケンちゃんと向き合ってまた二回拍手をして、両手を二回合わせた。

 ケンちゃんと一緒に歩き出す。

 次の瞬間、僕は廊下の端に立っていた。

「え!?」

「うお!」

「本当になった!」

 僕は廊下を瞬間移動したような気持ちになった。

 確かに、廊下を渡った時の記憶が消えたようだ。

「今オレたちってここを歩いたんだよね」

「そうだね」

 そんな風にケンちゃんと不思議がる。

「噂は本当だったんだなぁ」

「ね」

 そんなことを言いながらケンちゃんと二人、廊下を戻る。

 しかしまぁ、それだけと言ってしまえばそれだけだ。

 確かに不思議だけれど、実際に起こってしまうとそんなものかとも思う。

 飽きっぽいケンちゃんなんかすでにすっかり興味を失くしていてポケットを何やらゴソゴソやっている。

 ケンちゃんは取り出したものをじっと見てから「ガム食うー?」と隠し持っていたらしいガムを僕に差し出した。

「ありがとう」

 僕はケンちゃんからもらったガムを噛みながらランドセルを取りに教室に戻った。

 僕は家に帰ってお兄ちゃんにど忘れ廊下のことを話した。

「あれ、本当なんだよ。知ってる?」

 僕の話を聞いたお兄ちゃんがふんっと興味なさそうに言った。

「バーカ、あれはど忘れ廊下なんかじゃないぞ」

「え? どういうこと?」

「もっと面白いんだよ」

「え、何!? どういうこと? 教えてよ!」

「やだ」

 お兄ちゃんはそう言って意地悪したけれど、僕が食い下がるとしぶしぶ教えてくれた。

「あの廊下には記憶を保管しておくことができるんだよ」

「ほかん?」

「取っておくってこと。五年生側の廊下からやると記憶がなくなるだろ。逆から同じ手順で渡ればその時の記憶が蘇るんだよ」

「本当!?」

「そうだよ。俺だっていつか同窓会でやろうと思って友達との記憶を取ってあるんだから」

 それを聞いた僕は、さっそく次の日にケンちゃんと一緒にど忘れ廊下の反対側にやってきた。

「じゃあ、やるよ」

「うん」

 僕たちは昨日と同じ手順で儀式をして、廊下を歩き始めた。

「あっ」

 僕はすぐにそんな声をもらした。

 一歩一歩歩くごとに、忘れていた昨日の記憶を思い出し始めたからだ。

 反対に向かって歩いているはずなのに、昨日、逆から歩いてきた時の感覚が蘇ってくる。

 やっぱりお兄ちゃんが言った通り、ここは”ど忘れ廊下”なんかじゃなかったんだ。

 昨日は廊下から廊下の端まで瞬間移動したように感じたけれど、昨日の僕たちは普通に会話をしながら廊下を歩いていったようだ。

「本当に記憶が消えるのかなぁ」

「分かんない」

 そんな記憶になかった会話が、歩くごとに蘇ってくる。

 面白いなぁこれ。

 僕もこの学校を卒業する時、誰かとの思い出を廊下に残しておこうかな。

 だとしたらやっぱり相手はケンちゃんだろうか。

 そんなことを考えながら廊下の半分を越した時だった。

 記憶の中のケンちゃんが僕の方を向きながら言った。

「このガムさぁ、さっき廊下に落としちゃったんだよねぇ。いる?」

そう言ってポケットから取り出したガムを見せて笑うケンちゃん。

 記憶の中の僕が「いらないよ!」と言うとケンちゃんはまたそれをポケットにしまった。

 その時、僕たちは廊下を渡りきった。

 記憶の中の僕たちも、今の僕たちも。

 横にいるケンちゃんと目が合った。

 ケンちゃんが猛ダッシュで逃げ出したので、僕は「コラ、待て!」と言いながらケンちゃんを追いかけた。

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