同じクラスの内海くんは手品が得意だ。
休み時間などによくみんなに手品を披露して人だかりを作っている。
黒板のチョークをパッと消したり、学ランの襟元からスルスルと国旗を出すみたいにカンニングペーパーを取り出したりして先生を困らせたりしている。
手品道具を学校に持ってきていることについては見逃しているけれど、先生をからかうような態度を取った時、私は彼に注意するようにしていた。
すると彼はいつも「いいんちょーはもっとおおらかに生きた方がいいよ」なんて言って笑うのだ。
そんな内海くんのことが、悔しいけれど私は好きだった。
いつから好きなのだろう。
私が半ば無理やり学級委員長にされた時にどこからか取り出した花束(本物だった)を渡された時か。
それとも、放課後、私が先生に頼まれた用事を終えて職員室から教室に帰ってきた時、彼が一人で手品の練習をしているのを見てしまった時か。
舞台裏を見られた彼は「他のみんなには内緒だけど」とはにかんで私にだけ手品の種を一つ教えてくれた。
それは人に気づかれずに相手のポケットなんかに物を入れてしまう手品だった。
私は種を知ってもガッカリなんてしなかったし、むしろそれを気づかれずにやる彼のことをすごいと思って、思わずそのまま「すごいね」と言ってしまった。
彼はなんだか不思議な顔をしてから、「そうかなぁ」と楽しそうに笑った。
いつからかはもう分からないけれど、とにかく私は、彼が学校にやってきてからいなくなるまで彼の姿を目で追ってしまうのだった。
そんな彼と同じ教室に通えるのは、今日で最後。
卒業式の日、彼は何人ものクラスメイトに囲まれていた。
私から声なんてかけられない。
最も、誰も近くにいなかったら声をかけられたかというと、それも無理だったろう。
私は担任の先生と、何人か仲の良かったクラスメイトや生徒会の後輩と話をしてから家に帰った。
帰った私を見て、お母さんがちょっと涙ぐみながら「おめでとう」なんて言ってくれて、それが少しくすぐったかった。
私はこの三年間で少しは大人になれたのだろうか。
大人になれたら、私も少しはおおらかになれるのかな。
卒業証書の入った筒と学校指定のバックを机に置いた時、滅多に鳴らない私のスマホが鳴った。
液晶画面に表示されたのは彼の名前だった。
私が電話に出ると、彼はいつもの調子か、それともちょっぴり焦っているかのような口調で言った。
「もー、なんで先に帰っちゃうんだよ」
「先にって?」
「やっぱ気付いてない。卒業証書の筒の中、見て」
「え?」
私はスマホをスピーカーモードにしてから卒業証書の筒の蓋を持った。
ポンッと音がして開いた筒の中から、小さい何かがコロコロと転がり落ちてきた。
いつの間に入れたのだろう。
それは男子が着ている学ランのボタンだった。
「それ、第二ボタン。俺の」
「えっ。どうして、私に?」
「……持っててほしいから、いいんちょーに」
彼の声がスマホの向こうで止まった。
その次に何を言えばいいのか、いつも余裕たっぷりの彼にも分からないらしい。
私は彼がくれた第二ボタンをギュッと握り締め、これまで出せなかった小さな勇気たちを総動員して言った。
「会いたい。どこに行けば会えるかな?」
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