一人の男が部屋を探していた。
「とにかく安い家がいい」
そう言う男に不動産屋はある物件を紹介した。
それは一軒家だった。
家賃は一ヶ月三千円。
今どき、家賃が一万円もしない物件なんてどこを探してもなかった。
男は「おぉ、これはいいじゃねぇか」と破顔した。
「ただ、その物件は少々いわくつきでして」
不動産屋の言葉に男は目を細めた。
「”出る”のか。俺はそんなの平気だぜ」
「いいえ。そういうことではありません。その家に住む人間は毎日家に”水をやる”必要があります」
「なんだって?」
男は目を剥いた。
「水をやるってどういう意味だ」
「私もその家がどういう家か詳しくは知らないのですが、毎日水やりをしないと大変なことになると言われています」
「……なんだい、そりゃ。水をやらないと具体的にどうなるって言うんだ」
「木に取り込まれます」
「なにぃ?」
「その一軒家は木造なのですが、水やりを忘れるとその家そのものが住んでいる人間や家具などあらゆるものを取り込んでしまうそうです。取り込まれた人間は木と同化してしまうそうです。そして、二度と抜け出せなくなるそうです」
「ふん……よくわからねぇな。だがまぁ、とにかく要は毎日水をやりゃあいいんだろ? よし、安さが気に入った。ここにする!」
男は不動産屋から鍵を受け取り、一軒家に住み始めた。
水やりは家の外壁と内部の一部区域に対して行う必要があった。
毎日の水やりは男にとって面倒な用事だったが、それさえしていれば格安で住める家を男は気に入っていた。
そんなある日、男は自動車に乗ってどこかへと急いでいた。
だがその途中事故を起こし、病院へ救急搬送された。
男が目を覚ましたのは事故から一週間後のことだった。
男は目を覚ました途端、医者に「家に帰らせてくれ!」と叫び、暴れた。
しかし男はとうとう家に帰ることはできなかった。
ここは男の住む地域を走る幹線道路。
男の家に向かって車が一台走っている。
その車を運転しているのは若い刑事であり、その助手席で中年の刑事が腕組みをして無線からの報告に聞き入っていた。
『現着した機捜隊員から報告。現場には一軒家ではなく大きな木が残されている』
中年の刑事が舌打ちをして言った。
「どういうこった、こりゃあ……」
無線からの音声が続いている。
『なお当該の木からは人間が生えている模様』
その報告に、二人の刑事はぎょっと目を見開いた。
中年の刑事が無線を掴んで言った。
「こちら一課の曽根崎だ。どういうことだ。詳しく説明しろ」
無線から慌てた様子の声が響いた。
『ですから、木から人間が生えているんです。それも、何人も。全員確認してはいませんが、中には行方不明者として捜索届が出されている人間も居るようです』
「なんだと……?」
『あ、待ってください。……え……?』
「どうした」
『あ、あの。その中の一人がこう言っています。”俺はこの家の持ち主に殺された” 』
コメント