日帰りマンション

ショートショート作品
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 大学に進学した僕は格安の部屋を借りた。

 都心のマンションなのだが、なんと月の家賃が一万円なのである。

 しかも間取りは2LDKなので一人暮らしには広すぎるくらいなのだ。

 ただし、この部屋には一つ”制約”がついている。

 それは、一度家を出たら必ずその日のうちに帰らなければならない、というものだ。

 その日中に帰らないと部屋がロックされ、二度と部屋に入れなくなる。

 この部屋を紹介してくれた不動産屋さんは「一度ロックされたら、私共でもロックを解除できません。それまで住んでいた方は住めなくなり、新しい入居者様を見つけなければならなくなります」と言っていた。

「どうしてこんな部屋があるんですか?」

 僕は思わずそう聞いた。

「このお部屋はまだモニター期間のお部屋なんです。つまりお試し用ということですね。将来的にはご夫婦用の賃貸物件になります」

 なるほど、必ずその日中には帰るように、なんて夫婦で約束をする部屋というわけか。

 モニターへの貸し出し期間は上限二年ということだったが、二年経ったらまた新しい部屋を探せば良いと思い、僕はこの部屋を借りたのだった。

 最初は出かける度に「ちゃんと帰ってこないとな」なんて緊張をしていたけれど、慣れればなんてことはなかった。

 何しろ、ちゃんと毎日帰ってくるだけで良いのだから。

 その日も僕は大学の友だちの家で遅くまで遊んでいた。

 なんだか帰るのが億劫だが、とりあえず終電で帰ればいいやなんて考えていたのである。

 と、その時またスマホが鳴った。実家の母からである。

 母は三日前くらいから何回も電話をかけてきていたのだが、バイト中だったりしてタイミングが悪く出れていなかった。

 まったく、なんでこういつもタイミングの悪い時に電話をかけてくるんだろうなぁ。

 僕は、とりあえず一人になった時にかけ直せばいいやと放っておくことにした。

 はっと目を覚ました僕はスマホの時計を見て驚いた。

 まずい、終電までもう時間がない!

 僕は友達に「俺行くわ!」とだけ言って急いで友達の家を飛び出した。

 駅までダッシュする。

 そう言えばまだ母に電話を返していないことを思い出したが、今はそれどころではない。

 駅についた僕は絶望した。終電が行ってしまっていたのだ。

 僕は慌ててタクシーに乗り込み、家に帰った。

 だが……間に合わなかった。

 タクシーの運転手に料金を支払っている時に12時を回ってしまったのである。

 タクシーを出て、どうしよう、と思いながらスマホを取り出す。

 着信履歴を見て、そうだ、とりあえず母に電話しようと思い立った。

 今日は実家に泊まるしかない。

 スマホを耳に当てると、マンションの方からコール音が聞こえてきた。

「え?」

 僕が顔を上げると、マンションの前に母が立っていた。父もいる。

「直樹!」

 母が僕の名前を呼んでこちらに走ってくる。

 そして僕の肩を掴むと、崩れ落ちるようにして泣き始めた。

 父が「馬鹿野郎……!」と僕を叱る。

 そこで僕はようやく思い出した。

 なぜ数日前から母の電話が増えたのか。

 なぜ両親は今ここにいるのか。

 一年前の今日、僕は両親の反対を押し切ってバイト代わりにあるモニターに参加したのだった。

 それは、実家のドアを「一年間帰らなかったら二度と実家に帰れなくなるドア」に変えるモニターだったのだ……。

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