最近同僚の真奈美が綺麗になった。
「何かあった?」
私がそう聞くと真奈美はこっそりと「これを噛んでいるの」とガムを見せてくれた。
「なぁに、これ」
「今ちょっとした話題になっているんだけど、艶ガムっていうの」
「艶ガム?」
「そう。これを噛むと綺麗になれるのよ」
「なにそれ〜」
「本当なんだって! よく分からないけど、噛むと体の細胞が活性化されて元気になるんだって。エナジードリンクみたいなものね」
「へぇ……」
「でも仕事中はガム噛んじゃダメだから、ばれないように噛む訓練が必要なの。あとね、味がなくなったら効果がなくなっちゃうから新しいのを噛み続けなくちゃなのが大変なんだよね」
それから真奈美は「これ一個上げる」と私にガムをくれた。
私はお昼休みにこっそりとそのガムを噛んでみた。
これで綺麗になったのだろうか?
自分じゃよく分からないが、洗面所の鏡を見てみると、確かになんというか艶が出たような気もする。
私はスマホで艶ガムを売っているサイトを調べ、注文してみることにした。
すっかり艶ガムにはまった私は真奈美と同じように仕事中も気付かれないようにガムを噛んだ。
今なら……アプローチできるかもしれない。
私には片思いの相手がいる。
営業部の牧田さんだ。
営業職なのにおとなしくて、誠実な性格に惹かれている。
私はなんとか牧田さんに声をかけられないかとちょこちょこ営業部に顔を出しているのだが、なぜか最近牧田さんの周りには女子社員が増えた。
みんな牧田さんの魅力に気がついてしまったのだろうか。
しかも牧田さんの周りにいる女子社員はみんな前より綺麗になっている!
きっと真奈美から艶ガムのことを聞いてみんな噛むようになったのだろう。
ありゃりゃ、こりゃダメだ。
そう思った私は艶ガムを噛むのをすっぱりとやめてしまったのだった。
しかしなぜかガムを噛むのをやめてから牧田さんに「よければ飲みに行かない」と誘われたのだった。
え、え、なんでこのタイミング!?
驚きながらも私は牧田さんと食事に行った。
普段は寡黙な印象のある牧田さんだったが、二人きりだとよくしゃべる人だった。
意外に話好きだったんだなぁと思いつつ「もしかして私といるから……?」なんて変な勘ぐりもしてしまう。
初めての食事から一週間後、また牧田さんから食事に誘われた。
牧田さんが連れて行ってくれたのは、普段遣いはとてもできないようないいレストランだった。
こ、これは……?
なんて、ちょっとドキドキしてしまう。
料理が運ばれてきて乾杯をしたが、なんだか牧田さんの様子がおかしい。
前はあんなにたくさんしゃべっていたのに、今日はじーっと黙ってしまっているのだ。
まるで以前までの牧田さんに戻ったようである。
結局、私たちはほとんど言葉をかわさないまま食事を終えた。
レストランを出たところで、あぁ、もうお別れかぁなんて寂しく思っていると、突然ぐいと牧田さんに腕を引かれた。
人目につかない路地に私を連れて行った牧田さんはドギマギしながら「好きです」と告白してくれた。
「え!?」
私はあまりに突然の告白に驚いたが、なんとか自分も返事を返した。
私も前から牧田さんが好きだった、と。
すると牧田さんはパァッと表情を輝かせ、だけどなんだか申し訳なさそうな顔で言った。
「謝らないといけないことがあるんだ」
「え?」
「実は僕、あるガムを噛んでいて。饒舌ガムというのだけれど、それを噛むと普段話が下手くそな僕でもうまく話せるようになるんだ。もし、そういう僕が好きだったなら幻滅させてしまうかもしれない……。ごめん」
牧田さんはそう言うとペコリと頭を下げた。
なるほど、それで最近牧田さんの周りに女子が増えたのか。
それにしても、そんなこと秘密にしておけばいいものを、本当にこの人は誠実な人だ。
私は牧田さんに自分も以前艶ガムを噛んでいたことを告白した。
「そうだったんだ! 前から綺麗だったけど、なんだか近寄りがたいほど綺麗になった時期があったから僕なんかじゃ声をかけられないって思ってたんだ」
「それじゃあ……おあいこということで」
「そうだね」
それから私たちは無理に膨らませなくても心地よい会話を楽しみながら、二人で駅に向かった。
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