野良タスキ

ショートショート作品
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「すみません、これお願いします!」

 突然背後から声をかけられて僕は振り向いた。

 反射的に、しまった、と思う。

 僕に声をかけてきた女の人は、タスキを持った手をこちらに伸ばしていた。

 女の人は今にも倒れそうなくらいボロボロだった。

 これじゃあ受け取らないわけにはいかない。

 僕がタスキを受け取ると、女の人は泣き出しそうな声で「ありがとうございます」とつぶやき、その場に倒れた。

 僕はタスキをかけて走り出した。

 数週間前から、このタスキのことは話題になっていた。

 このタスキを渡されたら走らなければならない。

 タスキをかけたまま長い間動かないと、タスキが体を締め付けてきて、殺されてしまうらしい。

 実際にタスキのせいで死んだ人の画像もネットで見た。

 走りながらタスキを見ると、白い生地に血が滲んでいた。

 最初、このタスキに殺されている人を発見したのは警官で、タスキに手を触れた警官が記録上の第一走者とされている。

 それからタスキは巡り巡って僕のところにやってきたというわけだ。

 どうしよう、こんな真夜中じゃ誰も歩いていない。

 SNSで、今タスキがこの辺りに来ているらしいと目にしていたのに、うかつだった。

 目の前に派出所を見つけた僕は、助かったと思い派出所に駆け込んだ。

 しかし派出所にいた警察官は「すまない、私はもう走ってしまったんだ」と申し訳なさそうに言った。

 このタスキは一度受け取って走ってしまうと、二度と受け取れないのだ。

 仕方なく派出所を飛び出す。

 くそ、どうしたらいいんだ?

 片っ端から家のインターフォンを押して回るか。

 しかし、勇気が出ない。

 このまま走り続けたら、きっと奇異の目で見られるだろう。

 そうか……なばら、いっそのこと。

 僕はスマホを取り出して走っている自分の姿を自撮りしてSNSに投稿した。

 覚悟を決めた。

 そうだ、僕がこのまま走り続ければいいんだ。

 こんなこと、もう僕で最後にしよう。

 走るのに疲れたら歩き続ければいい。

 そしてそのまま日本中を回ろう。

 船の上で歩き続ければ、きっと海外にだって行ける。

 小さい頃から世界を見て回るのが夢だった。

 その夢を叶えるのは、今なんじゃないか。

 僕はSNSでタスキを持ったまま走り続けることを宣言し、支援を募った。

 SNSの投稿はまたたく間に拡散され、とてつもない支援金が集まった。

 これでもう仕事をする必要もない。

 どこまででも走ってやろう。

 走り続けた僕は、町中などで声援を受けることも増えた。

 足がどうしても疲れたら、タスキが体を締め付けてくるまでのごく僅かな時間だけ休んだ。

 それから一週間ほど走り続けると、年配の男性が僕と並走しながら言った。

「君のような未来ある若者が、こんなことで人生を無駄にしてはいけない。私が代わろう」

「ですが、あなたにも家族がいるでしょう?」

「いるには、いるが……」

「僕は走り続けるのが好きなんです。だから、大丈夫です」

 僕は走り続けた。

 いいんだ、いつまでも走り続けてやる。

 体が動かなくなるまで、走り続ければいい。

***

 1台のテレビがニュース番組を映し出している。

 画面の中のアナウンサーがニュース原稿を読み上げた。

『今日未明、「タスキ男」こと佐藤シゲユキさんが遺体で発見されました。佐藤さんを殺害したのは高橋ノブオ容疑者、二十三歳。高橋容疑者は”うらやましかった。タスキがあればお金をもらえると思った”などと供述しているとのことです。なお、当該タスキは警察関係者が一時預かっており、今後タスキの対処について国民への協力を募る方針とのことです』

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