眠りの壺

ショートショート作品
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ネームが煮詰まった俺は、知り合いの漫画家を訪ねることにした。

調子が出ない時は同じ苦しみを味わっているはずの友人と酒でも飲むのが一番良い。

友人宅に着き、呼び鈴を鳴らしたが返事がない。

ドアノブをひねってみると、するっと開いた。

不用心だなぁと思いながら部屋の中に入る。

「う〜す」

そんな挨拶をしながら部屋に入って驚いた。

友人が机の上で壺の中に頭を突っ込んでいる。

連日の締め切りに追われて気でも触れたか。

「おい! おい! しっかりしろ」

友人の肩を持って揺さぶると、友人は壺から顔を上げた。

「あぁ、なんだおまえか」

「なんだじゃない。どうした。眠いのか。寝るなら布団で寝ろ」

「寝てられないんだよ。寝てる暇なんてない」

「だったらせめて壺に頭を突っ込んで寝るのはよせ」

「あぁ、これ」

友人はようやくそこで気がついたように、壺の方を見た。

「これは”眠りの壺”と言ってね。俺は今寝ていたんじゃなくて眠気を壺に吸わせていたのさ」

やはりおかしくなったのか。

「おかしくなんてなってないよ。これは人間の壺を吸う壺なんだ。この壺に頭を突っ込めば眠気が吸われて眠くなくなる。逆に眠りたい時はこうするのさ」

そう言って友人が俺の頭に壺をかぶせた。

「……ん」

「よう、お目覚めか」

机に向かいながら、友人が声をかけてくる。

俺は床に突っ伏して寝ていたようだ。

「おまえは今、俺が壺に溜めていた眠気を被ったんだよ。たっぷり8時間は寝ていたぜ」

そう言われて慌てて外を見ると、なるほど、ここに来たのは午前中だったのにすでにあたりは暗くなっている。

「すごいだろ、この壺。こいつさえあれば眠らなくても平気な頭になる。もっとも、体だけはたまに横たえてやらないと危険だがな」

眠らなくても平気になるなんて、我々のような職業にとって夢のような話じゃないか。

「お、おい、この壺……」

「もう頼んでおいた。明日にはおまえの家に届くよ。用が済んだら帰ってくれ。こちとら、原稿がまだ仕上がってないんだ」

話の早い友人はそう言いながらもう机に向かっている。

俺は部屋を出て、自分の家に戻った。

壺は翌日、代金引換で届いた。

まぁまぁの値段だったが、「眠らなくても平気」になるには安い値段。

俺はちょうどさっき目が覚めたばかりでまだ眠気が残っていたので、さっそく壺に頭を突っ込んでみることにした。

壺の中は真っ暗で、なんだか返って眠くなりそうだなぁなんて思っていたら、壺の奥底に引っ張られるような感覚があって、壺から顔を上げると、先ほどまでの気だるい眠気はすっかりなくなり頭が冴え渡っていた。

「おぉ、これはすごい!」

友人の言った事は本当だった。

俺はすっきりとした頭で机に向かった。

眠くなると壺に頭を突っ込んで頭を覚醒させる。

もはや寝る必要がなくなった俺は何時間でも机に向かうことができた。

体に疲れがたまると布団に寝転がりながら原稿を描く。

いつもギリギリだった締め切りにも余裕が……できると思ったのだが。

人間、時間が出来ると油断もするようで、結局いつも通り締め切りギリギリを迎えてしまった。

「原稿をいただきに参ります」

先ほど、担当編集者からそうメッセージが入った。

締め切りは明日の朝までだ。

俺の部屋で原稿が出来るまで寝ずの番をするつもりなのだろう。

望むところだ。俺には壺がある。

やがて編集者がやってきた。

「先生。進捗はどうですか」

「今夜寝ないでやれば間に合うよ」

「そうですか。ではここで待たせていただきます」

やっぱりか。まぁいい。寝なければ十分間に合う。眠くなったら壺を使えばいい。

「買ったんですか、この壺。良さそうな壺ですね」

編集者が壺を見つけたらしい。

「あぁ、それは……」

俺が編集者にその壺のことを教えてやろうと思った、その時。

「あっ」

という編集者の声がして、続いて”パリン”と壺が割れる音が聞こえてきた。

「あ、あぁ! ……す、すいませ……」

青ざめた編集者と目が合った瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。

「……ん……」

俺は床の上で目を覚ました。

目の前で編集者がいびきをかいている。

「はっ!」

俺は急いで時間を確認した。

20時。

さっきから2時間した経っていない。

いや……。

俺はパソコンの日付を見た。

「あっ……」

日付は締め切りの”当日”になっていた。

つまり、あれから一日以上寝ていたということになる。

原稿は当然だがまだ出来上がっていない。

編集者を見る。

まだ目を覚ます気配はない。

俺より壺の近くにいたから、より多く眠気を吸ったのだろうか。

とにかく俺は、編集者が目を覚ます前に原稿を仕上げてしまうことにした。

そして、明け方近く。

「出来た……」

その声に編集者は目を覚ました。

「あ、寝ちゃったか……すみません、先生」

そういいながら編集者は目をこすった。

「原稿できたよ」

「あ……ありがとうございます」

俺から原稿を受け取りながら編集者は「あっ!」と大きな声を出した。

まさか、日付のことを気づかれたか。

「そ、そういえば私、壺を……!」

「あ、あぁ。あれは安い壺だから。大丈夫だよ」

編集者に、今が”何日か”知られる前にこの部屋を出て行って欲しかった俺は、そう言って編集者をなだめた。

「でも……」

「まぁ、いいからいいから。それより、早く原稿を印刷所に届けないと」

「そうですか……。では改めてお詫びに参ります」

そう言って編集者は出て行った。

さて……。

編集者が今日の日付に気がつくのはいつだろう。

あるいは、もうすでに気がついているかもしれない。

ここに戻ってくるだろうか。

それとも、印刷所か、出版社に走っていくだろうか。

もういい、考えたくない。

そう思いながら俺は布団の中に潜り込んだ。

どう考えても良い結末が待ち受けているとは思えないが、俺はとりあえず寝ることにした。

何しろ、果報は寝て待てと言うのだから。

………。

……。

…。

目が冴えて、眠れない。

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